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# 不条理

 彼は、正義を愛し、整合を求め、平等を謳い、公正を掲げ、条理に従う。博愛に満ち溢れ、良心の赴くまま人を助ける。勇猛果敢に、不条理に立ち向かう。
 まるで映画の主人公のように。ヒーローのように。
 私はそんな彼が好きだった。
 ずっと隣で彼を見ていた。
 電車で席を譲る。道端のゴミを拾う。いじめ現場を写真に撮っていじめっ子と先生に突きつける。集団にうまく馴染めない人がいれば真っ先に話しかける。朗らかで寛大で、何かを頼まれれば二つ返事で快諾する。誰とも話すし誰とも付き合う。
 彼を嫌う人なんて、一人たりとも見たことがなかった。
 私は、そんな彼の正しい有り様が好きだった。同時に、目眩がするほど嫌いでもあった。
 彼が人を助ける度、胸がぎゅっと締め付けられた。ときめき? そうとも言える。確かに、四割程度は彼への恋慕と言ってもいい。ただ、後の六割は違う。彼への、どうしようもない劣等感だ。
 私は彼ほど正義に満ち溢れていない。不整合や非合理的な行いばかりだし、誰にでも公正を求められるほど勇気のある人間でもない。良心は人並みにはあるけれど、土壇場で保身に走らない自信はない。いつも、彼が眩しかった。彼を見ていると、焼けて死んでしまいそうな気がした。
 そんな私の本性が彼に知られれば、彼は私の元から去っていくだろう。それは理にかなったことだ。
 彼が私と一緒にいるのは、私が立派な人間を演じているからだ。できる限り、彼の真似事をした。彼が私から離れて行かないように、自分の感情とは異なる美しい行いをし続けた。
 けれどそれこそが、彼の大嫌いな不条理の最たるものなのだと、彼は一体いつ気がつくのだろう。
 何食わぬ顔で隣に居座る私こそが、彼の愛する条理を一番犯している人間なのだ。
 彼が気付くその時まで、彼の正しさを否定し続けよう。

3/18/2023, 1:00:29 PM