蓮池

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静かな夜明け

夜の海は、想像よりずっと暗くて恐ろしいのだと君に連れ出されて初めて知った。
立ち止まる僕の手を君が優しく引いていく。
月も星もなく、君の顔は見えない。
子供のように笑う君の声だけが波音に溶けて消える。
それだけが、君だという証明でしかない。
「朝が来たらなにをしようか」
「帰って寝たいよ」
「そんなのつまらない!」
君があれこれと予定を連ねていく。
近くの喫茶店でモーニングを頼んでみたいという君に、すぐ食べ飽きるくせにと僕がため息をつく。
そう言いながら、僕は君と食べる朝食の時間が好きだった。
何かと慌ただしい君と、向かい合って同じ食べ物を味わって。 
君と一日の予定を立てる。
君と今日の終わりまで過ごす予定を、当たり前に話せることが幸せだった。
「ねぇ、きっと今日の朝は素敵になるよ」
「そうかな」
「願うくらいはいいじゃない」
「そうだね」
海風が一際強く吹く。
思わず目を閉じる。
君が強く手を握る。
冷たい指先が少しでも温まるように、君の手を握り直す。
閉じた瞼の向こうから光の波。
目を開けると、海の向こうから朝日が昇る。
光の波を閉じ込めた水面が近づいては離れていった。
「ほら、素敵でしょ」
そう言って楽しそうに笑う君に、僕は肩が触れ合うほどくっついた。
君が小さく笑うのを、肩越しに感じながら海を見つめる。

モーニングを食べながら、君と今日の終わりの話をしよう。


2/6/2025, 12:17:56 PM