彼岸花

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テーマ「声が聞こえる」

学校帰りに通るいつもの道。
そこでは色んな人の声が聞こえる。

楽しそうに遊ぶ子供の声、
買い物帰りのおばさん達の会話、
サラリーマンが忙しそうに走る靴の音、
何か悩みを抱えている人の溜息。

通る度に色んな生活音がするこの場所は
私にとって幼い頃から知ってる見慣れた光景だ。

でも今日だけは何か違った。

進路の事や人との関わりに疲れてしまった
私は家に何となく帰りたくなくて公園で時間を潰していた。

その時、近くの草むらから小さく弱々しい声が聞こえてきた。
「ミャ〜」

「あれ、猫の鳴き声?どこからするんだろ?」

私は聞こえてきた声を頼りに辺りを探すとぐったりしている猫を見つけた。

「え、どうしたの!大丈夫?」

私はすぐに猫を抱えて動物病院に連れて行った。幸いにも処置が早く猫の表情を見ると先程よりも安らいでいた。

病院の看護師が首輪に付いているネームプレートから飼い主の電話番号を見つけ、連絡するとすぐにやってきた。

「君がミケを見つけてくれたんだね!ありがとう。この子、数日前に急に居なくなってしまって探していたんだ。キミが見つけてくれて良かった…!」

そうお礼を言われた私は誰かの力になれた事が嬉しくて先程まで悩んでいた事も吹き飛んでいた。

「いえ、私も見つけられて良かったです。
私…獣医になるのが夢なんですが親に反対されていて…。進路をどうしようか悩んでいたんです。でも今日、ミケちゃんを助けることが出来て…やっぱり獣医になることを諦めたくない。だから絶対に親を説得させてミケちゃんみたいに苦しんでいる動物達を助けたい!」

「それは素敵な夢だね。
でもご両親が何故そんなに反対しているかは…私達には分からないけど本気の想いを伝えてみたら分かってくれると思うよ!
だって絶対叶えたい夢なんだろ?」

「はい!絶対叶えてみせます!
親を説得させて…獣医になる為の専門学校に進学して…ミケちゃんみたいに苦しんでいる子を少しでも助けてあげたい。
あの…ミケちゃんが元気になったらもう一度会いに行っても良いですか?」

「ああ、もちろん。ミケも喜ぶよ!
もしミケに会いたくなったらここに連絡してくれ」

そうしてミケの飼い主は連絡先を私にくれた後、担当医の元へ向かった。

そして私はすぐに家に帰り、両親に進路について切り出した。
「お父さん、お母さん。私、高校を卒業したら獣医になる為に専門学校に通いたい。
その為に今までバイトしてきたお金は貯金してる。だから専門学校に行く事を許してください。」

言い終えてから頭を下げると私は不安な気持ちが押し寄せてきて怖かった。

否定されたら…はっきり伝えてもまだ学歴の為に大学に行く様に言われるか、兄さん達の様に医者になりなさいと言われ続けるか…。

私は両親の次の言葉を緊張しながら待った。
「○○、顔を上げなさい。
確かに家は代々、医者の家系だ。
だから皆、人の傷を癒す医者に就いている。だが医者の道に進まなかった人も中には居た。
その人達は自分が本当にやりたい事を見つけ、成し遂げると家族と約束してその道に進んだんだ。良い例が私の叔父だ。」

「お父さんの叔父さん?」

「ああ、その人はどうしても紛争地域の人たちの為に何かしたいと記者になった。
私達が今まで反対していたのは○○を心配してのことだ。
獣医になる事も容易くは無いだろう。
だが本気で傷付いた動物達を癒したいと強く思うならやってみなさい。ただし、途中でやっぱり辞めたは無しだぞ。」

「そうよ、やっぱり勉強が大変だから…自分には向いていないから…とか言って途中で辞めてしまう様な覚悟なら今やめてしまいなさい。
命を預かるというのは貴方が思う以上に重い責任を負うの。
沢山、救えない状況や後悔をする機会も多くなる。ご家族から酷い言葉を投げつけれる事だってあるわ。
それでも貴方は獣医になるの?」

私は両親の言葉に少し考えて口を開く。

「お父さんとお母さんが私の事を心配して言ってくれてるのは凄く伝わってくる。
2人や兄さん達を見ていても誰かを癒す医者がどれだけ大変な仕事なのかも見てきてる。
それでも私は大好きな動物達の傷を癒せる医者になりたい。
だから…お願いします。獣医に進む事を許してください」

私は再び頭を下げる。
少しの沈黙がその場を包む。
沈黙を破ったのは母の言葉だった。

「分かったわ、貴方がそこまで言うのなら進路の事は好きにしなさい。
その代わり、何があっても獣医になりなさい。貴方のやりたい事なのでしょう?」

母は先程までの親としての厳しい顔では無く、優しい顔をしていた。

父も穏やかな表情をして
「頑張りなさい」と言ってくれた。

私は翌日、先生に獣医になる為の専門学校へ進学する事を伝え、勉強に励んだ。

そして…勉強の甲斐あって合格を頂けた。

数日後、私はミケちゃんに会いに行き、
近くの公園で日向ぼっこをしていた。
「ミケちゃんのお陰で私は夢へと1歩、近付けたよ…ありがとう。
これから沢山頑張るからミケちゃんも応援していてね」

私はミケちゃんを優しく撫でながら
これから先の未来を思い描いた。

9/22/2023, 10:53:02 AM