【嵐が来ようとも】
灰色の雲が重く垂れ込んでいる
波は高く船を揺らし
生暖かく湿った風が
強く吹いている
背中をつたう冷たい汗は
熱さのせいか
恐怖のせいか
男は船の帆をたたみ
天を仰ぐ
ポツポツと重たい水滴が
冷たく男の額を濡らす
船はいっそう激しく揺れて
思わず舵にしがみつく
いつの間にか暑さを忘れ
雨に濡れた拳は冷たく
男は無力さにうちひしがれる
大自然の中で人が
出来ることなど何もない
ただ落ちた枯れ葉のように
揺蕩うことだけ
波はいよいよ高く
海は大きくうねっている
恐怖に締め付けられた男の喉から
小さく震える、
しかしはっきりとした声が聞こえる
それはラテン語のあの言葉
Fluctuat nec mergitur
たゆたえども沈まず
沈まなければ良いのだ
激しく雨に打ち付けられ
吹きすさぶ風に翻弄されても
しっかりと舵にしがみつき
惨めに震えていればいいのだ
沈みさえしなければ
また帆を広げることができる
ふたたび進むことができる
この空はいまは敵だけど
やがて、ふたたび優しい風となって
前に進むのを助けてくれる
雲の切れ目から
ほらみて光が
7/29/2024, 10:51:51 AM