霧湖

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 小さい頃、鏡を見るのが好きだった。
 けれどもそれは別に自分の容姿が好きだったわけではなくて、ただ「皮膚の表面を至近距離から見ると地面のように見えるな」とか、「瞳の中の模様を見ていると少しぞわぞわするな」とか、そういう「自分の一部なのに別の世界が見える」という要素を探すのが面白かっただけだと思う。

 大きくなってから、鏡の中の自分が「知らない誰か」のように見える日が多くなった。
 疲労で心もぼろぼろなのに、鏡を見ると自分の口角が少し上がっていて、微笑んでいるように見えたりとか。
 やるべきことを適切にやって満足して1日を終えたのに、鏡にうつる自分がまるで、この世のすべてを恨んでいるような表情をしていたりとか。
 
 そういう時に、昔を思い出して鏡に顔を近づけて自分を観察してみると、やっぱり皮膚は地面みたいにひび割れているし、瞳の中の模様は繊細で、ぞわぞわしたりする。
 そうすることで私は、「どんなに違う人間に見えてもやっぱりこれはあの頃と同じ人間なのだな」と確認することができている。多分、きっと。

11/3/2024, 1:28:19 PM