暮し語り

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「お言葉ですが」女はきらきらとしたピアスを耳たぶに光らせながら言う。きれいに縁取られた目も、ぐるぐると混ざったような色を纏った爪先も、少しも本から離さないままに。

でた、と向かいに座る女は顔を顰めた。でたでた。こいつがこうやって話を広げる時は大抵めんどうな小言が始まる時なんだ、と向かいの女──彼女は手を動かすたびにかつかつと音が鳴るくらいたくさんの指輪をはめている。ちいさなピアス一つだけを身につけている女とは対照的だった──はすっかり氷で薄まったオレンジジュースをわざとに音を立てながら啜ってやった。
けれどピアスの女はそんな些細な抵抗なんて少しも気にせず言葉を続ける。

「あなたは計画性が欠如している」

まずは先だって話していた指輪の女の取り留めのない所感──たとえば新調した靴を下ろした日に限って大雨が降っただとか、どこかしこもごみ箱がいっぱいで仕方なくここまで道のりを共にしてきたコーラの空き缶についてとか。有り体にいえばただの愚痴だった──に対する返答。それから新しく買った柔軟剤の香り。新作のネイル。一目惚れしたカップの金色に輝くふち。好きなアーティストのライブ。朝に挽いたコーヒーとトーストと共に焦げたシナモンの味。コンビニの期間限定スイーツ。話はだんだんと二人の好きなものに移り変わっていく。

「見て。これ。チケット当たったの。やばくない?」

「育てていたトマトがようやく赤くなりました」

「あそこのフラッペ美味しくてさぁ。でもめちゃくちゃ並ばないと買えないんだよね」

「気になっているカフェがあるんですが、いつ行っても満席で─」

「てか明日バイトじゃん。やば」

彼女たちのそれは会話というよりはほとんど独り言といった方がきっと正しい。
お互いが好き勝手に話をして、泣いて、笑って、時々怒って。気が向いたらそれに返事をして、そしてまた自分の好きなことを話す。
脈絡も気遣いもない思考の欠片たち。
けれどそれを語る時、聞く時、二人は時折凪いだ気持ちを抱くことがあった。そういう時、彼女達はほんとうに、静かで穏やかで、とても安らかな瞳で相手を見据えていた。自覚はなくても、そうだった。

愛ではない。けれど情はある。それで十分だった。

「よく見たら靴全然泥まみれのままなんだけど。最悪」
「ろくに調べもせず適当に洗うからでは?」
「うるさ」

何もかもが正反対な二人がこうして時間を共にする。その理由なんて、それだけで十分だった。

3/15/2024, 7:26:10 AM