ぼくにとってきみという男は絶対なんだ。美醜も善悪もきみ次第。「自分がないやつだな」と顔をしかめる人がいるのも事実だが、それは間違った認識だ。きみはぼくの確固たる意志の下でのみ絶対的な存在となり得るのだから。
「ねえ、見て」
昼下がりの美術室にきみと二人。美術部員たちために設けられたロッカーを物色していたきみが一冊のスケッチブックを手にこちらに駆け寄って来る。表情にも声音にも一つも邪気がなかった。この部屋のすべてがきみのものであるかのように思えた。
「悪趣味だと思わない?」
そう言いながらきみが差し出すスケッチブックにはきみの横顔が繊細なタッチで描かれていた。美しい絵だった。
「きみのファンなんだよ、きっと」
「“にわか”ファンだね」
目の前に転がっていた絵の具の束に手を伸ばすきみ。君が選んだのは赤色だった。
「あんまりいい気分じゃないや」
無垢さを保ったまま、きみの横顔に赤色を塗りたくり始めたきみ。ぼくは黙ってただじいっとその光景を眺めていた。持ち主のことを思うといたたまれない気持ちになるけれど、きみが気に入らないのならしょうがない。
「悪いことしたかな」
「別にいいんじゃない?それで」
健気な美術部員には同情するけれど、きみにとって好ましくない人間ならば、それはほもうぼくにとって尊重の対象ではないのだ。
4/4/2024, 2:14:52 PM