「俺の事、忘れて良いからね」
黄昏時の夕日の差し込む病室で、
彼がいつもよりもずっと穏やかな表情で
そんな事を言うものだから
私は涙が込み上げてくるのを、ぐっと我慢した。
「君は優しいからね。ちゃんと言っておかないと
何時までたっても墓参りに来そうだし。」
もし私が君の言うような優しさを持ち合わせていたなら、それは君だからだよ。
君こそが、本当に優しい人だからだよ。
そう伝えたいのに。言葉にならない音ばかりが
溢れ落ちる。その間にも、君は話続けて‥
「ストレス溜めすぎちゃだめだよ。
たまには、ゆっくり休んで」
涙もろくなったのは、君のせいだよ。
休める場所は、君の隣だけ。
「幸せになって。元気でちゃんと長生きしてね」
そう願ってくれるなら、どうかいなくならないで。
置いていかないで欲しい。
だけど…最後まで私の願いは言葉にならなかった。
彼が、言わないでといっているようだった。
それから…3年の月日が流れるのは思いの外あっという間だったかもしれない。
何せ、私の仕事人間ぶりは彼のお墨付きだからである。
起きて、仕事をして、帰って、食事して、寝て
、また起きて‥彼のいない今日を生きて行かなくてはならない。
今でも彼の命日には彼を慕う人が大勢集まり
思い出話に笑いながら、時にぽつりと溢れ落ちる涙をぬぐい偲ぶ。
彼は本当にたくさんの人に愛されていたんだなぁ。
そう思うとどこか誇らしい気持ちになった。
彼の墓前で私はあの日言えなかった言葉を伝える。
「忘れてなんかあげないよ、いつまでも。」
5/9/2024, 12:53:45 PM