それでいい
吸い取られそうな寒さに少し身震いをする。窓を開けるとあたり一面、真っ白な世界が広がっていた。少しすると、耳が痛くなるような叫び声がお屋敷中に響き渡った。
僕はまだ温もりのある布団を飛び出て足が痛くなるような冷たい廊下を静かに歩いた。
重い襖の前に座り深く深呼吸してから恐る恐る覗くように襖を開ける。
「ぁなたがあんな残酷な人に…あんな人に騙されるのが悪いのよ!!」
「なっなんだと!!元はといえばお前があんな無能なやつを産んだのが悪いんだろ!!」
「なっなんですって!!!」
あぁまたお嬢様のことか…この親はなんで…いや親とも言えないか…
「旦那様、奥様おはようございます…」
「おっおぉ龍じゃないか!!もう少し寝ていればいいものの…すまんな起こしてしまったか…体調は大丈夫か!?」
旦那様は眉間のシワを緩め僕を見る。奥様もつり上がっている目を細め僕を見た。正直に言うと体中が震え上がるように気持ち悪い、でも…
「いえ、この通り大丈夫でございますので朝食の準備をさせていただきます」
「そうか」
旦那様は素っ気なく返事をし、また奥様と話し始めた…
僕はゆっくり立ち上がり、また一つ深く深呼吸をし、台所に向かった。
廊下を歩いていると、甘くて、優しくて、美味しそうな匂いに包まれた。
「これはもしかして…」
足を速めて台所に入ると、そこには、艶のない長い髪、右頬から首にかけた文字のような傷跡のある一人の女性が白いエプロンをつけて小松菜を切っていた。
「お嬢様すみません、どうして女たちがいないのですか!?」
「あっ龍二さん!すみません私が勝手にさせてもらっているんです…」
お嬢様は、そう言って視線を右上に向けた。
「もうできているんですね…」
お盆には旦那様がお酒と一緒に食べられる枝豆など美味しそうなものばかり置かれていた。
「それじゃあ運びましょうか…」
「…はい」
優しくて暖かい空気が僕らと食事を包み込む、
しかし、その空気は一瞬にして消え去った。
「旦那様、奥様お食事の用意ができました」
「おい、これは誰が作ったんだ?」
「わたくしでございます」
僕は答えた…
「そうか、龍が作ったのか…
そんなわけがあるが!!!!その化け物が作ったんだろ!!!こんな汚いものっ…食えるか!!!」
そう言って旦那様と奥様は踏み潰された小松菜を置いて部屋から出て行った…
「お嬢様すみません…せっかく作っていただいたのに…」
「…いえ大丈夫です大丈夫」
そう言ってお嬢様は床に落ちたきれいな緑色の真ん丸とした枝豆を拾ってこう言った…
「枝豆って花言葉があるんです…確か、必ず訪れる幸運…だったかな…わたしはこの枝豆に思いを込めます…今のままでもいい…それでもいいから…私に…私に…いつか幸せが訪れますように…」
「きっと…きっと大丈夫だと思いますよ!」
「えっ?」
「どっどういうことですか?!」
「その…確信はないんですが…」
…10年後…
「龍二さん!朝ごはん出来ました!」
「おっおお嬢様じゃなくて…美弥さんありがとうございます!」
「うふふ…もう〜」
私は親元を離れ使用人だった龍二さんと2人で夫婦として暮らした…時々私がこんなに幸せでいいのだろうかと呟く時があるのだけれど、その度に龍二さんは…
「何言ってるんですか!これからが幸せじゃないですか!!」と言い返してくれるのでとても安心する…
でも幸せは永遠に続くわけじゃないから…
どうか神様…どうか……どうか…お願いです…この幸せが続きますように…この夢のような幸せが覚めないように…
4/4/2023, 2:58:50 PM