神様だけが知っている
おーい。おーい。誰かいないのか?
由美ー!晶ー!かあさーん!
かあさん、俺の妻の名を呼んだのはいつだったろうか。今ではもう思い出せない。新婚当初は、お互い気恥しさで呼び合うこともほとんどなかったが……。
夫婦二人の寝室まで妻を探しに来た。かあさーん、かあさーん!おーい。今日は外食の予定だったろー!と、妻を幾度となく呼ぶ。
寝室には横たわる妻がいた。
普段と変わらない昼寝をしている妻……と思ったが、何となく不穏な気持ちがして、妻の近くに寄り添う。
かあさん。はやく起き…かあさん!?
お、おい。優子、優子!!!
よく見れば妻の口から泡が吹かれていて、咄嗟に俺は妻の名を呼ぶ。慌ててポケットから携帯電話を取りだして救急車を呼んだ。
妻が、妻が倒れてて……そうです。はい。はい。住所は……
そこから数十分後に救急車が来るのだが、その時間はとても永遠のように感じられた。妻が。妻が…俺の大事な妻が…
頭がぐるぐると目眩のように俺を苦しめるが、グッとこらえて俺は妻の手を握る。優しく、でもしっかりと握って、妻の名を沢山呼んだ。今まで数回しか呼んでこなかったのに…
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妻は無事に病院へと担ぎ込まれていった。
救急車の中で俺が取り乱すから、隊員たちは落ち着いてください。と、何度も伝えられた。大丈夫です、と。
妻の入院の手続きの説明を聞きながら、昔俺が入院した頃の事を思い出した。若気の至りだ。なんでかは忘れたが、車との衝突事故だった。妻が動揺するから、豪快に笑って、大丈夫だ!俺は丈夫だからな!と伝え、見舞いには来なくていいぞ。と念押した。
なんてことは無い。俺のようないかつい男の妻だと認識されたくなかったのだ。要は気恥ずかしかった。
念押ししたこともあって、妻が病院にお見舞いに来ることは無かった。寂しい気もしたが、俺が言ったことを守ってくたのだ。そういうやさしいところがあった。が、親戚のものはよく思わなかったらしく、優子さんはお忙しいのね…と俺の見舞いという名目の嫌味を散々言われていた。俺が言ったんだとは言いずらかったのだ。
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妻の救急搬送から数日が経った。
ある一通の手紙が病院から届く。
浩一さんへ
お見舞いには来なくていいですよ
私のことより心配することがあるでしょう?
たった数行の短い手紙だった。俺は嫌な予感がして、すぐさま妻の入院する病院へと向かった。
優子、優子…!!!
なんで、俺…どうしてだよ。優子
病院の窓から外を眺めていた優子は、俺の叫ぶような声に驚き目を丸くしていた。
浩一さん来ちゃったの?
自分は来なくていいって見栄を張っていたのに。ずるいわよ…
悪かった。悪かったから…ごめん…でも俺…
妻に寄り添おうとする俺に手を優子は、ピシャリと叩く。
浩一さん。しっかりしなさい。あなたは二人の子供たちの父親よ。いい加減私を頼りにせずともやってご覧なさい。今、あなたの会社は倒産の危機が迫ってる。そして、それは子供たちに気づかれてるのよ。
優子…
子供たちと先ず向き合って。そして、会社の立て直しを計りなさい。それまで会うのは辞めます。
え?どうして…
私はね、癌が見つかったみたいなの。いやね、進行が遅いのは助かるけど。ふふ。浩一。あなたは1家の大黒柱よ。私が居なくとも立派に乗り越えて。
大丈夫。あなたは私が惚れた男だもの。と優しく微笑んだ。
俺は涙を流しながら、優子に背を向けて走り出した。俺は逃げてただけなんだー
それから浩一は、会社の立て直しを計り見事成功を収めていくが、その話は、神様だけが知っているのかもしれない。
7/4/2024, 10:23:45 AM