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# ところにより雨

『今日は全国的に晴れ模様ですが、ところによりギフトが降る予報です。傘のご準備をお忘れなく。また、防護スプレーの有効期間をしっかりとお守りください。それでは、よい一日を』
 画面の中のお天気キャスターが晴れやかな笑顔で天気予報を読み上げる。いつも通りの朝だ。
「うわ、またギフトかよ。最近よく降るな」
 寮の同室の友人がそうぼやく。
「そろそろ梅雨だからね」
「それにしたって多すぎだろ。はーあ、また今日の体育バドミントンだぜ。そろそろサッカーやらせろよ」
 派手に顔を歪めて、彼は悪態をついた。

 ギフト。
 それはこの世界に降る雨のことだ。
 しかし、ただの雨ではない。なにせギフトには、人間にだけ悪影響をもたらす化学物質が含まれている。植物や人間以外の動物──例えば犬や猫──には何の影響もないが、人間が一度触れれば皮膚は溶け、吸い込めば全身に回って様々な体調不良を引き起こす。長時間ギフトに晒されれば命の危険だってある。
 有体に言えば、毒だ。ギフトとはドイツ語で“毒物”を意味する言葉。本来は天からの恵みであったという過去の雨が有害なものに変わったことを皮肉るように、英語で“贈り物”を意味するそれが使われた。
 ちなみに、ギフトに含まれる毒性の物質は自然界には存在しないと言われている。ではなぜ雨に含まれているのか。研究者はある国が生み出した生物兵器との説を出した。その最有力候補がドイツだ。だからドイツ語が使われたのだと、人々の間ではまことしやかに囁かれていた。
 ギフトが降り始めてから、もう何年になるだろう。短くはないことだけはわかる。傘や靴、靴下の類はその全てが国の認証を取得した特別性の防毒加工の施されたそれだし、その更に上から防護スプレーを吹きかけて使用しなさいというお達しももう聞き飽きている。繰り返し降るギフトのせいで外に出れなくなる生活にも、みんな随分と慣れた。
 あまりにも日常的に、普通の雨のように降るものだからその危険性を忘れてしまいがちになるが、ギフトは紛れもなく毒である。実際、ギフトによる健康被害の報告や死者数は年々増加していると言う。動物や植物に影響がないとは言え、外で作業できない日が続くと作物も育てられない。食料不足も騒がれ始めている昨今、ギフトは深刻な環境問題と言えるのだった。

 僕は友人と朝飯を食べながら、今日一日の流れを予想する。傘を持って学校に行って、授業をして、三限の体育は体育館でバドミントンをして、昼食を食べてまた授業、そして下校する。なんてことない一日、だけれど。
 ギフトが降るというだけで、僕は頬が緩みそうになるのを必死で抑えなければならなくなる。
 別に、外で運動したくないわけじゃない。僕だってサッカーは好きだし、晴れた日のグラウンドで砂埃が舞うのを見るのは清々しい。けれど、それ以上に僕は雨が好きだった。
 空から何かが降ってくるなんて、こんなにも神秘的なことはない。雨が降るといつもそんな風に思う。
 ギフトは普通の雨とは違い、青のような緑のような不思議な色をしている。透き通った、ビー玉みたいな色。緑青色と言うらしい。それが梅雨の時期、紫陽花の葉っぱに弾かれて跳ねる様子を見るのが、小さい頃から大好きだった。ギフトの降る時に外に出るのは基本的に良くないと言われているから、見れる機会は少ないけれど。
 世間は、ギフトを疎んでいる。ドイツが世界から孤立して今にも戦争が起きそうなくらいには、ギフトの存在は世界にとって悪いものだった。
 だから僕は、そんなギフトが好きだなんて、口が裂けても言えないのだった。

3/25/2023, 3:39:10 AM