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-会えない夫婦

狭いマンションの一室。僕は毎晩妻が起きぬよう、用心しながらそっと薄い戸を引いて家に入る。

妻は日勤で朝早く働きに出て、僕は夜勤で妻が家を出る頃に家に帰るのがルーティンだった。休みだって、二人とも不定期だからたまにしか被らない。そんな生活をしていたから、いつも僕はひとりで、いつも妻はひとりだった。

2年前、僕がプロポーズをした日。少し肌寒い早朝の海風を浴びながら、ありきたりな言葉で一緒に人生を歩んでほしいと伝えたあの日。妻はその日、晩までずっと、本当にずっと、嬉しそうな顔をしていた。ああ、今でも鮮明に覚えている。

妻は、あの時僕たちが「会えない夫婦」になると予見していただろうか。妻と一緒に最後にゆっくり話をしたのはいつだったろうか。僕と結婚して妻は幸せになれたのだろうか。僕のプロポーズは彼女を孤独にする呪いの言葉だったのではないだろうか。

僕はそうやって永遠と自分を責め続ける。

今日もまたそっとおかえりの聞こえない部屋に入る。いつも通りの部屋。でもいつもと違って妻が起きている。妻がダイニングで一人座っている。妻が静かに泣いている。

また独りにしてしまった。

もう僕のことを視認することは出来ない妻の瞳を見つめながら僕は呟く。

出会ってくれてありがとう。

11/22/2024, 2:02:39 PM