野宇れいむ

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 「ごめんね」なんて言われたのは、いったいいつぶりの話だろうか。
 お気に入りのロッキングチェアに座りながら編み物をしていたミツ子はふと手を止めた。
庭に植えたあじさいには小さな蕾ができ、昨晩の台風が嘘のように澄み切った空が広がっていた。

 昨日は孫のちえちゃんがお家に遊びに来ていた。
「ちえね。お料理じょうずになったんだよ!だから今日はちえもお手伝いするー」
こうして2人で料理を始めたが、ちえちゃんの目に玉ねぎが染みたことによってあえなく終了した。
「ごめんなさい、おばあちゃん。ちえが、ちえがお料理しようって言ったのに。」
「いいのよ、ちえちゃん。ちえちゃんが頑張ったのおばあちゃんよーく分かっているから。
 ほらだから、泣かないで。」
そしてちえちゃんは、おばあちゃん特製クラムチャウダーを堪能し帰っていった。
ミツ子にとって、とても幸せなひとときだった。

 ミツ子の父親は酒乱だった。
アルコールが回っていて頭の回っていない父は論理的な返答ができなかった。大きな音を出し、大声で怒鳴りつけ、時には力まかせに制圧をしてくるタイプだった。
部屋には常にスト缶がケースで置かれており、毎日3本は必ず飲んでいた。
 母親はとにかく話の通じないヒステリーだった。
ミツ子が幼稚園に通っていた頃、母親に車で送り迎えをしてもらっていた。
小さいミツ子は何か癪にさわるような事をしたのだろう。
母親は「あんたたちのことなんていつでも殺せるんだからね!!!」と言いながら蛇行運転し、後ろに座っていたミツ子の膝を思いっきり引っ掻いた。
 父親は毎回記憶がないのでミツ子に謝ることはなかったが、母親は小さなミツ子にしがみつくように抱きつき
「ごめんなさい。ごめんなさい。」と何度も謝っては繰り返していった。

 「あぁ、そうか。あの時か。」
ミツ子は嫌な記憶を払拭するために買物に出かけた。

5/30/2023, 2:26:59 AM