Seaside cafe with cloudy sky

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【同情】← change order【巡り会えたら】

◀◀【時を告げる】からの続きです◀◀

⚠⚠ BL警告、BL警告。誤讀危機囘避ノタメ、各〻自己判斷ニテ下記本文すくろーるヲ願フ。以上、警告終ハリ。 ⚠⚠



















「そうだジュノーさん、今夜のお泊りはどうされるのです?もしかしてもう今からエルと出発されるのですか?」
ジョーク合戦で楽しくオチがついたところで専務のゲーアハルトが尋ねてきた。
「せっかくの機会です。もしスケジュールに余裕があれば、せめて夕食だけでも我らと一緒にどうかと思いまして」
二人の兄弟に視線を交わしてうなづき合いつつアランへ意向を伺う上品で控えめな物腰。先ほどの少々手厳しいジョークは、会議の席で感じていた「気配り型の温和で落ち着いた人物」という彼に対して抱いていたイメージを搔き乱すものがあったが、穏やかな態度は相変わらずだったのでひとまず安心した。瞳がエルンストとおなじ水色で、チョコレートミルク色の髪と口もとから顎を品よく薄く覆うひげ。それがなんだかシャム猫を彷彿とさせる色合いで、ハンサムな彼の雰囲気をどこか可愛らしいものにしている。そんな紳士的な専務の申し出に、クラーラの店からこちらへ向かう短い車中で話し合ったこれからの予定のことをアランが口にしようとした矢先、先手を取ってエルンストが答えた。
「そのことで叔父さん、それから父さん、ギュンター、お願いがあるんだけど。出発は明日からだから、今夜も僕と一緒にアランもみんなの家に泊めて欲しいんだ。僕は居間のソファで構わないから、僕の部屋をアランに使ってもらおうと思って。もちろん夕食も一緒にいただければ言うことないよ」
―― あれ?ご迷惑だろうから、僕は君の部屋で一緒で構わないって言ったのに……車中の取り決め事項を独断で一部変更して告げるエルンストにアランは心の中で首を傾げた。まあ彼なりの交渉術の一手段なのかも知れない、ここはエルンストに任せよう。そう結論付けてアランは口出しすることなくポーカーフェイスでなりゆきを静観した。
「おお、かまわないとも。だが大恩人のお泊りにはもっとふさわしい部屋が我が家にあるのを忘れておるぞ。客室は空いておるゆえアランはそちらへ泊まって頂いて、お前は自分の部屋で休むがよい。アラン、我が家へのお越し、心から歓迎致しますぞ!」
社長が代表して快諾してくれた。ありがとうございます、ご厄介になりますと再度アランが社長へ感謝の握手の手を差し出すと、人懐っこい笑みでハグするように肩も抱かれて、陽気で親密な握手となった。大きくて暖かい手がじんわりと心を和ませる。 ―― 多分みんな、この社長のことが好きなんだろうなあ。自分もすでに社長の愛らしいカリスマに大いに魅せられていたアランだった。
「よし!そうと決まれば、今夜は我が家で盛大に歓送迎会の宴といこうではないか!ギュン、急ぎ義母さんへ電話してその旨をお願いするのだ。頼むぞ!」
社長の鶴の一声にギュンターが素早く動く。ポケットから出したスマートフォンを掲げて敬礼して見せ、「了解、じゃ、俺は連絡入れてくるよ」画面を操作しながら颯爽と窓際へ移動して行った。
「なら僕らも早く帰って義母さんの手伝いをしないといけないな。レオ、さっさと片付けてしまおうか……ああ、ルッキーニにザネッラ、なんだ、そっちはもう終わったのか?」
不意に専務、と南の言葉で呼びかけながら若い男性作業員が二人やって来た。ゲーアハルトは社長へ話しかけていた言葉を中断し、南の言葉に変えて彼らに応じた。
「ええ、こっちはもう目処ついたんで、そっちの出荷準備の助太刀に来ました。チーフのジャンマルコやトト、他にも手が空いたやつらが加勢に来ます。あとは第二製造チームの俺たちがやりますので、専務たちは抜けて下さって大丈夫ですよ」
「そうか、それは助かる!大物製品の、先ごとの振り分けはしておいた。あとは小さい製品ばかりだ。引き渡しまで頼んで構わないか?」
心底ホッとした笑顔でゲーアハルトは社長とともに彼らに作業の引き継ぎを説明していく。それから間もなく、作業員が告げた通りパラパラと他の作業員も姿を現して、現場はにわかに活気付き出した。
「エル、帰ってたのか!」唐突にかたわらで威勢の良い声が響く。別の声が続けざまに、「今日の事件のこと、みんな聞きたがってるから来いよ!」と第二製造チームの作業員たちがエルンストを捕まえ、アランのもとから強引に連れ去って行った。
「すみませんアラン、少しだけ彼らに付き合って来ます」そう言い残して離れ行くエルンストの後ろ姿を見送り、一人ぽつねんと置き去りにされたアランは、さてどうしたものかと慌ただしい現場全体を見渡してみた。物珍しい作業風景、見渡すかぎりみな忙しく立ち働いているが、穏やかな顔で和気藹々と楽しげに仕事に勤しんでいる。良いなあ……アランは自然と顔がほころぶのを覚え、安らかな気分に浸りながらぼんやりと考えた。理想の職場って、こんな感じのところかも知れない ―― そんな物思いに耽っていると、引き継ぎを終えたゲーアハルトが社長と共に足早にアランのもとへやって来て済まなそうに告げた。
「ジュノーさん、お客さまのあなたをひとときお相手できなくなることをお詫びします。今から私は一旦事務所に、レオは社長室へ戻り、事務仕事を片付けなければならないのです。今日はほとんどここで詰めてましたもので、なるべく手短に終わらせるつもりですが……その間あなたにどう過ごして頂こうかと思いまして……」
忙しい中、突然押し掛けてきた自分を文句も言わずに快く迎えてくれて、思案顔で真摯に気遣ってくれる彼の心配りに頭が下がった。アランは親しみと敬意を込めてゲーアハルトの二の腕に触れ、彼の懸念とはまず別の方面から答えることにして口を開いた。
「ヴィルケさん、実は僕が御社までお邪魔しにきた理由が二つあるんです。一つはエルンストとの旅行のための休暇願い、そしてもう一つが御社のパソコンの使用許可願いなんです。厚かましいお願いで恐縮ですが、もしよろしければ今から使わせて頂きたくて。時間はそんなに取らせません。いかがでしょうか?」
エルンストは構わないと言ってくれたが、ちょうどこの際、専務そして社長にもお伺いを立てておいた方が良いだろう。アランの意外な申し出に水色の双眸が丸まって、ますますシャム猫のようになった。
「それは……プライベートではなくお仕事でということならば、おなじグループ企業なので弊社としては問題ありませんが……」
問いかける眼差しに強く頷いて見せた。
「ええ、本日急遽西の支社に出張に来た取締役が、資料作成命令を僕が在籍するオフィスへ彼直々に、留守中の僕をご指名で寄越してきましてね。その作業のためなんです」
渋い笑みで告げると、「え、休暇中のあなたに……ですか?そんな……ああ、でも……」徐々にゲーアハルトの顔もアランと同じく渋い、イヤなものを口にしてしまったという顔に歪んでいく。
「……あの人ならばいかにも似合いの暴虐無人ぶりですね、驚くにも値しない。それにしてもお気の毒にジュノーさん……大変ですね……」と、ゲーアハルトもアランの肩に優しく触れ、痛々しい面持ちで同情を寄せ苦衷を分かち合おうとしてくれた。今まで彼の紳士的な一面しか知らなかったアランだったが、時々放つ辛辣な言動にダーク的なある種の心強さを覚え、今後この人だけは絶対に敵に回さないようにしようと心の奥底で堅く自分を戒めた。

▶▶またどこかのお題へ続く予定です▶▶

10/3/2024, 10:54:03 AM