哀愁を誘う
急須でお茶を淹れたあと、宅急便が来たので玄関に向かった。
居間に戻ってテーブルの上を見て、なんとなく違和感があった。あちこち目を凝らして違和感の主を探してみると……。
湯呑みだった。ヒビが入っている。だが、今、できたヒビじゃない。古い線だ。
おそらく前から入っていたけど、気にしなかっただけなんだろう。数本、同じような古い線があった。
この湯呑みは昔、姉が修学旅行か何かの時に作った、手づくりのお土産だ。意外にも大きさも口当たりもよく、子どもの頃からずっと使っている。壊れもせず、割れもせず、よくもまあ長持ちしてくれたものだ。
ただ、ヒビに意識が向いた以上、流石に処分かなと思って、いつもとは別の棚の上に置いておいた。なんとなく、すぐに捨てる気にもならず。
思い返すと、高校受験、大学受験の勉強中、いつも机の上にあった。迷路のような数式と向き合う合間、チョコレートとお茶の出口に逃げ込んだ時間が懐かしい。
1週間ほど、置きっぱなしのままだった。使うわけにもいかず、捨てるのも忍ばれて。だが、ずっとそのままにする前にもいかない。意を決して……。
っとその前に、念のためネットで調べてみた。
湯呑みに入った線は、「貫入」と呼ばれる現象らしい。温度の変化で素地と釉薬の収縮率の違いで起こる現象、とのこと。
そして、「貫入」は見た目にはひび割れに見えるが、器の強度に大きな影響はなく、使用に問題はない。
さらに、「貫入」は、中国や日本では、美しさとして見られることもある。
なるほど。ということは……。
今まで通り使える、ということだ。
もう処分されるのかと、哀愁ただよう姿で鎮座する湯呑みを手に取り、流しで丁寧に洗った。
心配するなよ。ちょっと置いておいただけ。置いておいただけだから。
ピカピカになった湯呑みを、水切りカゴにそっとおいた。
11/4/2024, 11:19:10 PM