「結婚式がしたい」
ままならない現実に拗ねた彼女がむくれっ面でそう言うものだから、自分としてはもう如何にかするしかない。そんな使命感とも慈愛ともとれる感情のままに彼女の手を引いた。
「こんな冬に海?」
「雰囲気良いでしょ」
「もう、冗談だったのに」
寄せては返す波を見つめながら、手を繋いで砂浜を歩く。彼女の手はいっそ不健康な程に白くて細い。
不意に、不安になった。彼女が自分を置いて遠くに行ってしまう確信が胸の奥で騒めく。夕陽を背に受け影が出来た彼女の顔は不満そうな声を出しつつも、実に満足そうだったから余計にこの人を離したくないと思った。握る手に力を込める。波にさらわれて何処かに行かないように。これは彼女の為などではなく、焦燥に駆られた醜い自己満足。
それでも彼女は笑うのだ。目元に皺をつくって、出会った時から下手くそな笑顔で。堪らなく愛おしく、憎たらしいったらありゃしない。
一生夢が叶わない事を突き付けられているなんて理解していないように、精一杯幸福を表情で表す彼女に惚れた自分が一番馬鹿らしい。溜息を吐きたくなった時、彼女が突然しゃがみ込んで硝子の破片のような物を拾った。「シーグラスだ」彼女が呟く。
「ねぇ、綺麗じゃない?」
君が一番綺麗だよ、なんてキザな言葉を言う事も出来ず、ただひたすらにそんな自分を恥じた。適当な相槌を打つ。彼女の笑い声が転がる。鈴の音が鳴る。
あぁ、貴方が私の手を離さないでくれるのなら、私はもう死んだって良いのに。
#手を繋いで
12/9/2022, 12:52:12 PM