#ティーカップ
(ナガクテスミマセヌ 最後まで見てくれると嬉しいです)
――ここはどこだろう…。前にいるのは…女の人?ティーカップに口をつけている。その女の人は僕の視線に気づくとティーカップから口を離し、言葉を発した。
「知っていますか?●●一家の殺人事件の真相。」
不思議な喋り方だった。ゆったりしていて、安心感を覚える。女の人が続ける。
「警察が言ってた、『一家心中』は嘘なんですよ。みんな言っていました。『あんなに仲の良い家族が心中なんてするわけない』って。それは正解です。あの
家族は、最後の最後まで、幸せだったんですよ。…真相を知りたいですか?もう、戻れなくなってもいいのなら。」
ニコっと笑う彼女には、感情があるのかないのかもわからない。●●家の一家心中、聞いたことがある。この辺では有名な一家で、とっても仲が良いと聞いていた。
心中なんて僕も信じていなかった。ここがどこなのかもわからない。逃げないといけないのに、僕は頷いて、話を聞こうとしていた。
◇ ◇ ◇
「美味しいわね、あなた。」
「ああ、家族で食べる夕食は格別だ。隣には君がいるから、更に美味しく感じるよ。」
母がそう言い、父に微笑む。その微笑みに笑い返し、父も思いを言葉にする。そんな様子を見る子どもたち2人は、両親の仲の良さに少し呆れたものの、笑顔だった。
「もう、パパもママも。ラブラブなのはいいけど、子供の前でやらないで。」
「そうだよ。見苦しいよ〜」
子どもたちに指摘され、母がほっぺを膨らまして「うるさいな〜」と答える。父は「まあまあ。」とずっと笑顔だった。
仲の良いこの家族は、近所の人々に「家族仲の良い一家」と口を揃えて言われるほどのものだった。そりゃあ誰も、心中なんてしないと思っているに違いない。
事件が起こったのは、こんな風に楽しく食卓を囲んでいるときだった。
――ガチャリ。
と、ドアが開く音が聞こえ、その次だった。
――パァン!
耳がキンとなるような銃声とともに、玄関の天井が崩れた。
「キャーーー!」
と、母と子どもたちの叫び声が響く。
「お母さん!」
「逃げなさい!」
皿が床に落ちて割れ、スープが散った。テーブルの上のティーカップがひとつ傾き、カチン、と乾いた音を立てて倒れる。琥珀色の紅茶が、ゆっくりとテーブルの
端を流れ落ちた。その液体は途中で赤く濁り、床へと染みていく。
家の中には、冷めた紅茶の香りだけが残っていた。
◇ ◇ ◇
「……それが、●●一家の最期です。」
女の声が、耳の奥で柔らかく響いた。気づけば、僕はまたあの部屋に座っていた。目の前には、微笑む女と、湯気を立てるティーカップ。
「みんな知らないの。こんなに素敵な物語を。」
女は静かにカップを口に運んだ。その指先、白磁のカップの縁――そこに、うっすらと乾いた赤黒い染みがあった。
僕は息をのむ。見覚えがあった。新聞に載っていた現場写真。テーブルの上に転がっていた、あの――
「ねえ、あなた。どうしてそんな顔をするの?」
女が首を傾げ、微笑んだ。その微笑みの中で、カップの中の紅茶が揺れた。
――琥珀色の液体が、ゆっくりと、赤く染まっていく。
そして、女が言った。
「冷めないうちに、どうぞ。」
11/12/2025, 8:55:02 AM