私には「天然水の歌声」と言われる声を持った同級生がいる。噂によると、その声はとても綺麗で、聞く人を次々と虜にさせていくという。そんな声を持つ彼女は、よく芸能事務所からスカウトされているが、全て断っているらしい。
　一度だけ勇気を出して、断る理由を聞いてみたが、「あんな曲、人前に立って歌うなんて無理」の一点張りだった。
　だけど、私は見つけてしまったんだ。とあるサイトで歌ってみたを投稿している彼女のアカウントを。そこにはみんなが言っている『天然水の歌声』はたしかにあった。でも、歌っていた曲は、メンヘラやヤンデレといったいわゆる『病み』のジャンルのものだった。綺麗で透き通った声と暗い曲調のミスマッチ感が、逆にこの曲達を引き立たせていて、余計に怖くて、どんどん彼女が創り出す世界に引き込まれていく。虜になっていく。
　そして私は気づいてしまったのだ。どうして彼女がスカウトを断り続けるのかを。きっと芸能事務所で渡される曲はキラキラとした純粋無垢な曲ばかりだったのだろう。
　透き通った声でキラキラとしたアイドルらしい曲を歌う歌手は何十万人といるのだろう。そんな世界じゃデビューはできても売れていくのは厳しいことなのだろう。それに、彼女が望んでいる『病み』を全面に出した曲は、刺さる人には刺さるが、万人受けしづらい。彼女は恥ずかしいから断り続けるんじゃなくて、自分が望んでいるスタイルを受け入れてもらえないから断っている。本当に誰にとっても生きづらい世の中だ。
　そんな今、私にできることは彼女の夢が叶うことを願いつつ、応援するファンになること。
　私は彼女の動画にいいねをつけたあと、そっとパソコンを閉じて、誰も知らない彼女の一面を知れたことに、ほんの少しの優越感にひたりながら眠りについた。

5/21/2023, 1:05:45 PM