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『涙の理由』



目の前にいる知らない女性が泣いていた。

何故?どうして?
どうして僕の目の前で泣いているのだろう。

分からない。

何か言葉をかけるべきなのだろうか?
涙を拭うべきなのだろうか?
その泣き顔を隠すように抱きしめるべきなのだろうか?

分からないのだ。

泣きながら彼女が吐き出す言葉も理解が出来なかった。

気がつくと周りに人が集まっていた。
それぞれコソコソと何かを囁きあっている。

ただ突っ立って黙っていても埒が明かないのは分かっていた。
深呼吸をして意を決して彼女に言った。


「君は誰だい?」


さっきまで涙を流していた彼女は目を大きく見開いて固まってしまった。
周りに集まっている人達も同様に固まっている。



思い出せないのだ。

何故こんな場所にいるのか
目の前にいる女性が誰なのか
どうして女性が泣いているのか

そして

〖僕自身が誰なのか〗

冷静に考えてみても何も思い出せなかった。



「君には申し訳ないが何もかもが理解できていないのだ。」

「君が誰なのか、僕が誰なのか、どうしてこうなってるのか」

「もし、僕がなにかしてしまっていたら謝罪しよう。すまない」

ゆっくり目を見て伝えると固まっていた彼女が周りに聞こえないように小さく、それでもはっきりとした声で言った。

「そう。じゃあもうあなたに用はないわ」

そして静かに彼女は涙を拭うふりをしながら去っていった。

呆然と立ち尽くす僕は他人から見れば滑稽だろう。

彼女の姿が見えなくなった頃、ボソッと周囲の人間達が言った。

「君、良かったね」

「運がいいなお前」

「救われてよかった」

何故かその人達は喜んでいた。

彼女は一体何者で、僕は一体何者なのか。
そして周囲の言う«良かった»とは。
思い出せないし、理解が追いつかない。


「そういえば…」
「彼女の涙の理由はなんだったんだろう?」

10/11/2023, 7:21:07 AM