甘酸っぱい恋愛はどんな色?
どろどろの熱くて甘い恋愛はきっと油絵の具のような「アカ」色。
冷え切った痛い恋愛は水彩絵具の「アオ」色かもしれない。
恋愛も多種多様、十人十「色」。
そんな色を使って描く絵は、きっと素敵な「絵画」になる。
美しい恋が好きなのさ。
彼の者はその色の無い唇を吊り上げ呟いた。
これは、「色」を集める画家の、旅のような物語。
1.アカ
何色にも染まらない黒を着て、今日も「色」を集める。
極東に居る画家は、絵の具を「貰って」絵を描く。
ある夏のこと、画家は街でとある女性に呼び止められた。
「私を絵に描いてくださいな」
そう言って笑う女性。
白く透き通る肢体、ぽつりと咲く蕾のような唇に儚さ漂う「艶」を感じた。
「ヱゝ、ヱゝ。貴女みたいな美しいヒトにゃ僕みたいな輩が描いていいのかどうか分かりやせんがね。」
女性はころころと咲い、
「まぁお上手。」
と目を細めた。
女性が対価と時間を尋ねれば、画家は飄々と答える。
「いずれ分かりまさぁ。」
はて、いずれとは。
女性が家に帰ると愛する夫が居た。
しかし、愛しているのは女性だけであった。
幸せな新婚生活はすぐに過ぎ、温かい心は冷え切ってひび割れた。
結婚相手は所謂屑と呼ばれる男だった。
あちらこちらで不義の女性を作り、酒を呑み、家に帰れば自らの妻に当たる。
女性は、それでも相手を愛していた。
あの時の新婚生活が忘れられないのだ。
しかし一方で、この関係はもう元には戻せないことを理解していた。
だから画家に頼んだのだ。
「このボロボロの身をそのまま絵に残してくれ」と。
あの男が、そうしたのだと。
画家は是と答えた。
女性は待った。
その「絵」を待った。
愛する相手に傷つけられ醜くなった心と身体の生き写しを携え、愛しい人に下す断罪の時を。
一月経ち、二月経っても未だ手すらつけられていない画家の空白のキャンバスに焦る女性。
このままでは自分が殺されてしまう。あぁしかし愛した相手に殺されるのも悪くはない。
あかい恍惚と仄暗い微笑みを浮かべ女性はただ待った。
いつの間にかできていた「子」を胎に宿して。
その七日後、夫婦は死んだ。
続きは結婚相手、つまり旦那の方だ、の視点から始まった。
彼らの死因は心中だ。
幸せな新婚生活はすぐに過ぎ、彼の心は妻によって疑われ、
彼の両親をダシに脅され、ありもしないことをした。
わざと夜遅くに帰るように仕向けられ、
酒を潰れるまで呑ませられ、
そして襲われる。
妻は女性、彼は男性である。
抵抗して顔に拳が当たれば痣ができるのは当然のことで。
彼は初めて妻を殴った時、美しいその瞳に恍惚とした熱が宿ったのを見た。
それから彼は地獄のような日々に身を投じる。
顔に痣ができた妻が外に出れば当然周りはその夫に疑いをかける。
夜遅く帰ってくる旦那を見れば更に疑い、
酒で赤らんだ顔を見れば一目瞭然とばかりに確信する。
彼は孤独になっていった。
そして家に帰れば己の妻が進んで打たれようと笑って待っている。
いつしか彼は、その悪魔のような笑みに理性をなくしていた。
当然の結果、彼は妻に依存してしまったのである。
ある日、妻が布に包まれた絵を持ってきた。
大事そうに抱えたその絵は何かと問えば、嬉しそうな笑みで「自分だ」と答える。
「貴方の作った傷も全て余すところなく描いてもらった」と。
その妻の嬉しそうな顔を見て、男の精神は限界を迎えた。
その絵が大事か。
自分を愛しておいて次はその絵を愛しているのか。
自分をここまでしておいて。
彼は妻を殺した。
包丁で首の皮を裂き、濁濁と溢れる液体と反比例して冷たくなっていく妻の顔は、とても美しかった。
お互いに歪んでいた魂の色。
「美しい愛(いろ)が好きなのさ」
二人は混じり合い、絡み合い、どろどろと溶け出した。
流れ出すのは油絵の具のような緋色。
そこに現れる画家。
「おんや、こりゃあ美しい「あか」だ。」
画家は楽しそうに笑って二人の「愛憎・執着」を小瓶に詰める。
画家が旅の荷物を持って立ち去った後に残ったのは、無人の家と、大量の血液と、何も描かれていない真っ黒のキャンバスだけだった。
僕は「画家」。
誰も愛さない、
誰にも愛されない僕には一つだけ、欠けがある。
僕には普通の「色」が見えないのさ。
さぁ、貴方の「想い」はどんな色?
もうすぐそちらに着くのだから、しっかり教えておくれ。
4/18/2023, 12:49:56 PM