【君の奏でる音楽】
ユウキはヘッドホンに両手を当てたまま、少し眉をひそめた。
最近一緒に楽曲制作をしているREONAから送られてきたギターの音源を聞いたところだ。ユウキはキーボード担当で、これに合う音を当てていく役目。
正直、REONAから送られてくるギターの旋律は毎度 攻撃的過ぎて、最初に聞くときは少し抵抗を感じる。反抗心や絶望感ばかりが伝わってきて悲しい気持ちにすらなる。それでもREONAとの楽曲制作に付き合っているのには理由があった。
ユウキはGANと書かれたアカウントを開き、REONAに返事を書いた。今はREONAとはこの名前でやりとりしていて、自分は引きこもりだと話している。REONAの方はGANの事をネット上の知り合いとしか認識していないが、実際は違った。
ユウキとREONA、もといレオナは幼馴染だ。小さい頃から家が近所で、よく一緒に遊んでいた。同じ小学校、中学校に通っているが、最近レオナは引きこもるようになって、学校にも出てこない。ユウキは何度も部屋の前まで行って話しかけたり、DMを送ってみたりしたが、全部無視されてしまった。
そんな時に、SNSでREONAというアカウントを見つけた。同級生の文句や親の愚痴などを呟いていたので、なんとなくレオナ本人だと見当がついた。それで、騙すようで心は痛んだものの、同じく引きこもりの中学生、GANとして話しかけ、仲良くなった。次第に、共通の趣味である音楽で話が盛り上がるようになり、一緒に楽曲を作るようになった。他にも、SNSで知り合った同じような年齢、境遇の仲間ができ、すでに何曲か作ってはSNSで公開している。少数ではあるが、コアなファンもいる。ついこの間には、「絶対課金したいので配信アプリに出す時はお声がけください!」なんてDMまで届いたようだ。ユウキとしては人気になることよりも、いつかまた、部屋の外に出てきてほしい、そんな想いでずっと楽曲制作に付き合っている。
小さい頃からレオナはよくギターを弾いてくれた。憧れのギタリストの話もたくさんしてくれた。でもあの頃はレオナの奏でる音楽はこんなに攻撃的ではなかった。レオナはどちらかと言うと女王様タイプの気質で、気の弱いユウキはほとんど子分のような扱いを受けていたが、彼女が根は真面目で、面倒見がいいことを、ユウキはよく知っていた。何よりも、彼女の指先がつまはじくメロディは優しく、自信に満ち溢れていて、心地よかった。
何が彼女をここまで駆り立てるんだろう。思考を巡らしながら、ユウキはもう一度REONAのギターを流し始めた。
曲の途中、聞き覚えのあるメロディが耳をかすめる。どこで聞いたんだろう。確か………。
ユウキはハッと我に返った。そうだ、これは小さい頃、二人で作ったメロディだ。懐かしい気持ちも手伝って、切ないメロディがさり気なく組み込まれた小節に一気に豊かな香りが立ち上った。そうか、これは、ただの攻撃ではない。葛藤だ。挫折、迷い、葛藤…。それでもまだ諦めていない、芯の強さ。
(やっぱり、君の奏でる音楽は、いいね)
ユウキはひとり微笑みを浮かべながら、キーボードで音を探し始めた。
8/12/2023, 1:17:08 PM