KEATON

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耳を澄ますと

耳を澄ますと、聞こえてくるものがある。外の音ではない。もっと静かで、しかし確かに存在する声だ。

私は毎日、聖書を開く。その時間は、ただ文字を追うためのものではない。心を落ち着け、内側に耳を向けるための時間だ。最初は何も感じなかった。ただ読み終えるだけの日々。しかし、ある時ふと気づいた。言葉の奥に、もう一つの意味があることに。

「強く、雄々しくあれ。」

その一節が、ただの文章ではなく、まるで誰かが私に直接語りかけているように響いた。自分の弱さに押し潰されそうな日、迷いの中で立ち止まる日、その声は静かに、しかし揺るがずに繰り返される。

耳を澄ますと、その声は決して大きくはない。けれど、不思議と確信を伴っている。「私はいつも共にいる」と。誰にも見えず、触れることもできない存在なのに、その言葉だけは確かに心に残る。

人は忙しさの中で、多くの音に囲まれている。だが本当に大切な声は、騒がしさの中では聞こえない。だからこそ、立ち止まり、静けさの中に身を置く必要があるのだろう。

耳を澄ますとは、外の世界を遮断することではない。むしろ、自分の内側にある小さな声に気づくことだ。その声に導かれるとき、人は少しだけ強くなれる気がする。

今日もまた、私は耳を澄ます。見えない存在の語りかけに、そっと応えるために。

5/5/2026, 2:14:33 AM