Nobody

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うまくいかなくたっていい




電子端末の画面がぱっと光って届いたメッセージの通知に気がついてから5分。
そろそろいいかな、いやでももう少し待っておくべきかなと逡巡して更にもう1-2分。
ええい、見てしまえ。──と既読をつけてから推敲を経て送信するまでに5分。
返信を待つのは30分、1時間…2時間……6時間…
この時間の長さは相手との気持ちの違いに落ち込むまでの時間と同期している気がする。

「昨日ごめん」
挨拶より先に謝られて目を丸くする。
「返信しなくて」
「…ああ。うん、いや、忙しかったんでしょ」
馬鹿みたいな強がりがバレないように願いながら口の端を上げる。
「いやそれがさ、見てこれ」
差し出された端末の画面は無惨にひび割れ、ところどころ欠損して中身がむき出しになっていた。
反射する顔や景色まで傷が及んで痛々しい。
「うわ! 派手にやったね」
「駅の階段で落とした。なんかメッセージ来てんなぁと思ったけどほらここ、見えねぇの。肝心なとこが」
「うわー使えないわこれは」
「なー?」
ひとしきり割れた画面に笑ったあとぽつり呟くように彼は言う。
「画面割れたって送ろうかと思ったんだけど今日会えるし、画面見せたら絶対笑うと思ってさー」
「いや笑うでしょそれは」
「うん、だからさ。笑ってくれたらショックも半減するかなとかね」
「ほほう……半減した?」
「いやこれはショックでかいわもう、見れば見るほどバッキバキだもん」
「効果ないじゃん笑」
「そんな上手くいかねーか」
「いかないねえ」
「今日帰りスマホ見に行くの付き合ってよ」
「おっ、いーですねえ。買い替えちゃおうよいっそ機種変しよ」
「しねーよ直すよ」
「エー時間かかるよ〜? 買っちゃえばすぐですぜ旦那」
「なんでそんな富豪発言すんのたまに…」
「富豪だもん」
「え、じゃあ新機種恵んでよ富豪様」
「あたくし惠む心は持ち合わせてないタイプの富豪なんですの」
「なんだよそれもー、上手くいかねーなぁ」
「いかないねえ」
ためいきと共に電車を下りて目的地までなんとなく肩を並べて歩く。
じゃあまたあとで、といつものとおり別れて背中を向けると掴まれる手首。
「えっ」
「あっ、や、ごめん。画面割れてるから先落ち合うとこ決めとかないと見えねーと思って」
頑張れ顔の表情筋。起立礼整列。
「えーとじゃあ終わり次第時計台…電話はできるの?」
「うわそっか電話があったか。んー、あ、できるできる」
「じゃあ終わり次第時計台集合で。ついたら電話して」
「おけ」
じゃああとで。
あとで。

背を向けて歩き出したあと2人はこっそりとガッツポーズを繰り出す。
返信を待つのに費やした時間が。画面の割れにショックを受けた時間が。
今ゆったりと楽しい未来への時間に形を変え始める。




8/9/2024, 4:36:13 PM