逃れられない呪縛
厄災の魔女を鎮めるには人柱が要る。
ウォレスはお前がそうだと言われてこれまで育ってきた。後継者である兄でも、優秀な弟でもない、なんの取り柄もない自分の生きる理由はそれだと言い聞かされ、自分もそうと思って生きてきた。
今の人柱は彼の大叔父にあたる者である。すでに齢八十を越え、昨年夏から寝たきりの状態だという。
――然るべきときが来たら、次はお前の番だ。
以来、母は少し不安定になった。兄弟は顔を合わせるたびに憐れむような目をする。
「かわいそうに、これから一生魔女のお守りで囚われの身」
けれどウォレスはその『然るべき時』を待ち望んでいた。
口が裂けても大叔父の死を望んでいるなどは言えず胸に秘めるばかりだが、あと少しで待ち望んだ瞬間が訪れるのだと思えば、夫に逆らえず息子を差し出すことを嘆き悲しみ泣く母親を慰め、背をさすり続けることなど無心でできた。
たしかに数年前まではウォレスも己の運命を嘆き、呪い、誰かと代われたならばと思っていた。
だが祖父の葬儀の際に厄災の魔女とその夫ヒューゴ――皆が人柱と呼ぶ存在――と顔を合わせた際に世界はひっくり返った。
「早く逃げろ、お前だけは見逃してやる。ヒューゴとお前だけに犠牲を強いるこんな国、望めば私がいつでも滅ぼしてやる」
永遠に美しく不老長寿の厄災の魔女。五百年前の契りによって人柱が生きている間は彼女はどこへもいけない。
縛られているのは自分だけではなかった。むしろこれからは自分の存在が呪いのように彼女を縛る。
傷を舐め合うような人生は送りたくない。送らせたくない。
魔女を解放するために、ウォレスはその日を待ち望んでいる。
5/23/2023, 3:15:04 PM