紅茶の香りで思い出すのは、お父さんの顔。
お父さんは土曜日の朝、誰よりも早くベッドを抜け出して紅茶を淹れる。お父さんの休日の朝は紅茶を淹れることから始まるらしい。
わたしはいつも紅茶の香り漂うリビングに、寝ぼけ眼をこすりながら入る。リビングにはもう弟も母も食卓の前に座っていて、ギョッと目を見開いていた。どうしたのと聞く前にわたしはなんとなく勘づいていた。食卓に並べられた湯気をあげる品々を見てため息をつく。
「お父さん。今度は何、うどん?」
「ああ。たまにはいいだろう。うどんが食べたかったんだ」
「それは別にいいよ。でも紅茶にうどんはないでしょ」
「そうかー?お父さんは気にしないぞ。それにすごく美味しいんだぞ」
まだ抗議をしようとしたけれどそれを制するように容赦なくわたしの前にもうどんと紅茶が並べられる。
またため息をついて、意を決して口に運ぶ。やっぱり合わない。弟もまじか、というように口の端を曲げながら咀嚼している。
この前は、紅茶にかやくご飯。その前は、紅茶に焼き鮭にお味噌汁。お父さんはちょっと味覚がヘンなのだ。わたしたちはいつも休日だけお父さんの"ヘン"に付き合う。
だけれど、お父さんはそんなわたしたちの顔を見て、心底幸せそうに笑ってる。お父さんはこの組み合わせが最高に美味しいと思っているようだ。だからわたしたちに食べさせることができて嬉しいのだろう。
みんなそれを知っているからお父さんを本気で責めたりしないのだ。
そんなお父さんは、今は空の上にいる。空の上でも紅茶を淹れて炒飯と一緒に神様に振る舞っていやしないだろうかと、窓の外から紅茶の香りが漂ってくるとふと思う。
全く合わないのに、美味しくないのに。
あの味がたまにとても懐かしい。
紅茶の香りはわたしに苦味と愛おしさを届けてくれる。
『紅茶の香り』
10/27/2023, 10:59:12 AM