『遺言』テーマ:友だちの思い出
「今日から僕たちは友だちね!」
なんて陳腐なセリフだろう。でもそんなことを言ってくれたのはお前が初めてだったから。
「誰も君のいいところを知ろうとしない」
なんて愚かなセリフだろう。俺にいいところなんてないのに。
「そんなことない。じゃなきゃ友だちになんかならないさ」
なんでそんなことを言ってくれるのだろう。だって俺は──。
「いたぞ! 狼だ!」
「逃がすな! 囲い込め!」
恐ろしい形相をした人間たちが俺のことを追い立てる。
俺はあいつに会いに来ただけなんだ。
そう伝えているつもりでも、俺の言葉はあいつにしか通じない。
あいつはどこだろうか。必死に逃げながらあいつの姿を探すと、森の中で見つけた。
良かった。他の人間たちにはまだバレていなかったんだ。
安堵しながら近づくと、お前はいつも通りアホらしい底抜けに明るい笑顔を俺の方に向けてくる。はずだった。
「やめてぇぇぇ!」
──なんだ?
ぬるくて、熱くて、痛い。
視界が霞んで目の前のものが見えづらい。だけど俺の頬がいつもの優しい手で撫でられているのだけは分かる。
「ごめん、ごめんなさい、守れなくて」
どうやら胸を槍で突き刺されたらしい。道理で痛い訳だ、と、妙に冷静になった頭が分析する。
「どうしよう、どうすれば君は僕を許してくれる?」
許す? 何を許すんだ?
「だって、僕のせいで君が……」
遅かれ早かれ命には終わりが来る。ただそれが俺の場合強引に早められただけで、お前は何も悪いことをしていないのに。
ああ、でも、そうか。そうだな、人間は許される理由が欲しいのかもしれない。なんとなくそう思った。だったらこれはどうだろうか。
人間と同じ言葉では話せないのに、お前にはいつも俺の意思が通じていんだから、これもきっと伝わるだろう。だからどうかお前は──。
「それがおじいちゃんのお友達の思い出?」
「そうだよ。心優しい白銀の毛皮を持ったお友達さ。ほら、あそこにいるだろう?」
「暖炉の近くのわんちゃんの剥製?」
「彼は狼って言うんだよ。あのとき僕たちは確かに心が通じあっていた。だけどそれを村の人は理解してくれなかった。だから彼は殺されてしまった」
「それは、とても悲しいことね」
「うん。でもね、彼は大事な遺言を残してくれたんだ」
「遺言?」
「そう。彼はね、こう言ったんだ」
生きろ。俺の分まで。
7/6/2023, 4:50:09 PM