水緒きざり

Open App

僕は善く生きたと思う。
最期は
運転中に横断歩道の歩行者を轢いてしまった
末に気が動転して電柱に衝突
という実に呆気ないものだったが、善く生きたと思う。

目が覚めたら、どこまでも真っ白な空間にいた。
これが噂の天国だとしたら、随分味気ないものだ。

左手には折り畳まれた小さな紙が握られていた。
開いてみると、
「来世 : タニシ」
と書いてあった。

僕は目を疑った。そんなはずはないからだ。
子供の頃から素直に生きてきた。
善い人であろうと、周りにも親切にしてきた。
おまけに文武両道で、与えられたものは
全力で頑張ってきたのに。
ああ神様、こんな仕打ちはあんまりだよ。

きっと何かの間違いだ。そう思い
どこまでも白が続く空間をまっすぐ走っていると、
「ザ・神様」な格好をした若い男が舞い降りてきて、
僕にこう言った。

「僕のこと覚えてるよね?」

学生時代の卒業アルバム、交換した名刺、
法事でしか会わなくなった親戚、、、
思いつく限りの記憶を引き出しても全く思い出せない。

文字通り頭を抱える僕を見て、
その神様は続けて言った。

「轢き逃げ」

どうやら彼は、僕とは比べ物にならないくらいの、
相当な徳を積んでいたらしい。

7/27/2024, 3:25:58 PM