【夜の海】
「夜の海と昼の海って違うよね。質感っていうか……夜はたるん……として、水じゃないみたいだ。呑み込まれたら気持ちがいいんだろうなあとか思ったりするんだよね」
海から吹いてきた湿って生暖かい風が、頬を撫でる。
「夜の海っていい響き」
「夏の感じだね」
「今日みたいな日なら、ずっと夜がいいね」
なんの目印もない砂浜を歩く。
「足を取られて転がったら、上も下も分からなくなりそう」
海と空を分けているのは、遠くにぽつりぽつり灯る、釣りをしている船の明かりだけだ。
「なんか疲れちゃったよ」
近くにいるはずなのに、声は遠くからぼんやりと聞こえて、笑っているみたいに響く。
「うん? 戻る?」
「このまま歩いて行けたらいいね。海じゃなくてもいいか。砂時計みたいに吸い込まれてもいいかな」
「砂時計は、また戻ってくるよ」
「あぁ、そうだねぇ」
今度こそ、ちゃんとおかしそうに笑う。
「手、つなぐ?」
「うん」
8/16/2023, 1:14:31 AM