電車にゆられていた。
寒い冬の日。窓際の席は少し冷える。
廃れた私鉄のボックス席に、ひとり、窓の外を見つめる男がいた。
そんなにへばりついたら、頬が冷たくないだろうか。
痛くならないのだろうか。
彼が、ゆっくりとまぶたをとじる。
想像よりもずっと長く、茶色く光るまつ毛に視線を奪われた。
瞬間、彼のまなじりからひとすじの雫がこぼれる。
慌てたように水滴の道のりを拭い、ふたたび外を眺め始めた。
ガタンゴトン、
ガタンゴトン、
と、決められたリズムで進んで行く。
ひとえき、ふたえきと揺られ、気づけば終点駅。
名残惜しいと、いとおしいと、恋しいが混じった眼差。
彼の視線は、私を通り抜けていく。
「また、会えるよね」
うん。かならず。絶対にあえるよ。
「忘れないから」
ありがとう。
「っ…忘れられない……」
「いつまでも、きっと俺は、忘れられない。」
くしゃくしゃに顔を歪めた彼の視線は、やはり私を通り抜けていく。
彼の雫を拭いたくて、止めたくて、伸ばした指は彼を通り抜けていく。
ごめんね、一緒にいられなくて。
ごめんね、君の涙をとめられなくて。
ありがとう。
ここまでずっと一緒にいてくれて。
彼はしばらくうずくまったあと、足元にしまっていた四角い箱を抱え、電車を降りる。
それにならい、私も後を追いかける。
冬にしては、少し、ぬるすぎる風が駅のホームを駆け抜けた。
箱から壺を取り出し、控えめに蓋を開ける。
「帰ってきたよ。君の街に。」
サラサラと、僅かな粒子が風に乗ってきらきらと流れる。
「さようなら、俺のいとしいひと」
さようなら、私のたいせつなひと
こんな別れになって、ごめんね。
『どうか笑顔で。』
お題:忘れられない、いつまでも
5/9/2026, 1:25:25 PM