August.

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〈忘れたくても忘れられない〉

初めて見たあなたの顔。
いつも君はマスクをしているから、下半分の顔は見たことがなかった。
いつか、マスクなしの素顔を見れたら良いなとは思っていたが、まさか、葬儀場で見るとは思わなかったけど。
線香をし終え、私は父と共に彼が眠る棺桶に近づいた。
驚いた。モデルしていると言っても頷いてしまいそうなくらい綺麗な顔をしていた。

「整ってる顔だなー、これ女装したら完全に女じゃん。女の私より綺麗にメイクできると思う、やば。超可愛い」
隣にいた父はぎょっとした目で見てきたが、気にしなかった。私は、彼の顔を撫でようとすると、知らない女づかづかとヒール音を立て、私の腕を掴んできた。
「あんた!いい加減にしなさい!!うちの蓮ちゃんが死んだのよ!!なにそんな呑気に女装やらなんやら言ってんの!出で行け!」
女は私の腕を片手で掴みつつ、もう片方の手で平手打ちしてきやがった。

かっとなった私はつい、殴り返そうとしたが私の父が慌てて止めに入り、女も知らない男に止めに入られ、ぎゃーぎゃー二人で罵りあった。

当然、私は知らない奴らから葬儀場を追い出された。父は周りの人やご遺族の方に謝りながら、慌てて私の後を着いていった。
葬儀場から追い出された私はさらにまた、ヒートアップして、感情がぐちゃぐちゃになった。
近くの石ころを蹴飛ばし、アスファルトを踏みつぶした。
「死ね!あのくそばばあ!!くたばれ!クソが!!」
大声できぃーきぃー私は叫んだ。どうせ聞かれたっていい。そのくらいの気持ちで叫び、暴れた。
後から来た父も最初は見守っていたが、中々クールダウンする気配がない私を不安に思ったのか、人が死んだというのに不謹慎な言葉を連発する私に「ふみ、アイス食べに行こう」と父は手を伸ばした。もう、親と手を繋ぐ年頃ではないが、父と手を繋ぎながら近くのコンビニまで歩いていった。幸い曇り空だが、雨は降っていないので傘は必要なさそうだ。

「なんで蓮くんのお母様に手を出そうとしたの?」
コンビニの喫煙スペースで父は煙草片手に聞いた。
私は隣でバニラアイスを齧りながら、鼻息荒く言った。
「あいつは知らないんだ、だから教えてあげようと思った。」

彼が自殺した原因があの女にあることを。
女は毎日毎日彼の行動をストーカーのように確認し、定期考査の点数からちょっとした小さな変化まで。まるで研究者が顕微鏡で微生物を観察するように、常に目を光らせていた。
彼は「息苦しい」と何度も言っていた。
放課後、自習という名目で、教室で彼の母の話をする時にいつも言っていた。

「蓮君は何度も私にSOSを出していた。分かっていた。気づいていた。でも、私は何もしてあげられなかった。
それがこんなにも悔しいことを初めて知ったの。でも、それを認めたくなくて。だからわざと綺麗だと言った。いや、綺麗なのは本当だし、いつもマスクつけてたから初めて素顔を見たから。つい言ってしまった、強がりたくて。いや違うね、この際、変な人に見られたかった、気狂いって思われても良いって思った。そしたら天国にいる彼が笑ってくれるような気がして。そう!笑わせてあげたかったの!ほら、ジョーカーみたいにね。ジョーカーってさぁ、自分が辛くても周りを笑わせるじゃん?そんな風になりたかったの。あっ、でも学校では真面目だよ?本当だよ。だってあの蓮君と話せる仲なんだから。知ってる?蓮君って、めっちゃ頭いいの。朱に交われば赤くなるって言うじゃん?だから私も蓮君も真面目なんだよ!!」

頭のネジが外れたロボットみたいに、べらべら喋る私に父が真顔で聞いてきた。

「蓮君が死んだって聞いた時、どう思った?」
私はその質問の意図が分からなかった。いや、分からないふりをした。
「分かんない、あや、バカだから」
「あや、ちゃんと答えなさい」
低く、父は言う。
あぁ、もう駄目だ。異常者の真似がバレてる。
道化がバレてる。

「一言くらい、死ぬ前に電話してほしかった」
ぽろっと出た本音は、取り返しがつかなかった。
ダムの放流のように一気に後悔が押し寄せていた。
「それがあやの気持ちなんだね」
父は優しく私の頭を撫でながらタバコを吸う。
食べかけのアイスは溶け始め、右手を汚し始めた。それでも構わない。むしろそれが良いかもしれない。今の私の状況にそっくりだ。
私の心を表すようにどろどろに溶け出すバニラアイスは、私は忘れることはできないだろう。

10/17/2024, 1:29:04 PM