よく鼻歌を歌っている人だった。
機嫌の良し悪しに関係なく、なにかしながらその軽やかな音楽を奏でていた。
音楽には疎いから何を歌っているのかわからなかった。何の歌か聞いたこともあったけど、なんでもないやつ、としか答えるばかりだったから自作の歌だったのかもしれない。
あの頃、初めはあの人の音を少し煩わしく思っていた。聞こえなくなった今、私一人の空間は換気扇を回す音だとか、リモコンを置いた音だとかが、嫌に大きく耳に入ってくる。
もう私しかいないのだから、私が歌うしかないのに、君が奏でる音楽を綺麗に思い出せない。毎日のようにきいていたのに。
私も、なんでもないやつ、とやらで音を出してみるしかないのか。
静かな部屋で一人吐き出してみた鼻歌は、歌うとか奏でるとかいえるようなものじゃない。息が続かなくて不格好で、音の大きさ長さ高さもちぐはぐで好き勝手だ。煩わしい。
やめると、また生活音が私のなかで大きくなる。それを消すためにまたなんでもいいから歌ってみる。歌って、歌って、歌って。君の奏でる音楽がないこの部屋が日常になるまで。
【君が奏でる音楽】
8/12/2024, 3:08:44 PM