入道雲
「雨の匂いがする」
真っ青な空を彩るように綺麗に浮かんでいる、無限に綿菓子だけ食べられそうな雲を見上げて君は呟く。
首を傾げた。僕には意味がわからなかったからだ。
「雨の匂いってなに?」
二つに分けられるアイスを君と分けながら蒸し焼きにされそうな蒸し暑い通学路を並んで歩く。
君は自転車を歩いて引いて、僕をみるとクスッと笑った。
「知らないの? 人生損してる」
そんなに大事か? と一瞬過ぎった疑問を首を払って忘れる。君はたまに不思議なことを言うからだ。
僕が考えが及ばない何かを知っていた。
「湿ったちょっと冷たい風が吹くんだよ。匂いも草や土が湿る匂いがする。通り雨が来るかも」
「じゃあ早く帰れよ。アイスなんか食べてないで」
君はまだ半分くらいあるチューブ型のアイスを吸いながら、どこか歌い出しそうに笑う。
「雨の中、チャリをぶっ飛ばして帰るのも楽しいよ。家の洗濯物VS雨の勢い。今日は洗濯物が勝つ」
「なんでわかるんだ?」
君はフフンと誇らしげに鼻を鳴らした。ドヤ顔というやつで、不思議なことを言うときに君がよくする笑顔。僕は嫌いじゃない。
「勘。野山で暮らしていたからわかるよ。この辺の匂いは故郷とは少し違うけど」
今年の春に転校してきた君はちゅーっとアイスを吸いながら空をみた。早く降れ、とどこか期待している目で戦いを待ち遠しく感じているような、そんな目つき。
「入道雲でわかるもんじゃないか? 雨降るかもなぁって」
僕も同じように空を見て呟くとふくらはぎに弱い衝撃があって君に振り向く。蹴られたみたいだ。ムスッ面をして僕を親の仇みたいに睨みつけてきた。
「つまんないなお前は。もっと日々に彩りを感じて生き給えよ」
また変な口調になったな、とだいぶ慣れてきた古くなったり最新の流行語になったりする君はフンッと自信満々に鼻を鳴らした。
「じゃあ勝負しよう」
「何を?」
珍しくキョトンとした君が振り向いてきた。本当にわからないような表情なので、少し優越感を覚えてしまう。
「俺は雨の勢いに賭ける。勝負は君の家まで。僕はダッシュするから、君は自転車でも走るのでもどっちでも選ぶといい」
考えるように目を瞬いて、君はニカッと春の太陽みたいに笑った。賭けに乗ってきた、とまた少し優越感を覚えてしまう。
「いいね、ダッシュならイーブン。受けて立とう!」
「っし、行くぞ、よーい、」
「「ドンッ!」」
走り出した青空を入道雲が覆い隠してきていた。
6/30/2022, 6:46:10 AM