流星群を見に行った。
高原の夜気は冷え、彼女は黒いダウンコートをふるりと揺すった。そうして「星が多いね」と白くつぶやいた。僕が「三等星まで見えるんだ」と返すと、「いくつあるのかな」と聞いちゃいない。「人が、願った数だけ?」慣れないおどけがクサい。「じゃあ、流れたら願いが無くなっちゃうってこと?」「叶えば、その願いは消えるんじゃないのか」……というかそもそも星ではない。「えー、叶っても消えたり忘れたりしないよ。むしろ『神様叶えてくれてありがとう』って、ずっと覚えてて感謝する」「なら、そうなんだろ」「そうって?」「カミサマが、『俺はこんなにすごいんだぞ』、『こんなに色んな願いを叶えられるんだぞ』って、勲章みたいに空へ飾ってんだ」そうしてたまに、足の小指を棚にぶつけて、せっかくの勲章をガラガラ落としちまう。
それが流星群だ。
「だから、流れ星に祈れば、しょんぼりしてるカミサマは、ニンゲンの祈りを叶えて新しい勲章を飾りたがるんだ。先着順でな」「ありがたみないなぁ」「人間味あるだろ……あ、流れた」えっ、と髪を跳ねさせ振りかぶった彼女は、おそらく流星の位置もわからぬまま目を瞑って指を組んだ。それを見ながら僕は愉快な笑いを噛み潰す。実は、ほんとうは流れてなんかいない。素直な彼女をからかってみたかったのだ。
なにを祈ったのか聞こう、と、口を開いた時、一等星が音もなく(真空を音が伝わらないのは自明であるが)、すう、ゴトン、と移動した。……ように見えた。「ちょ、え、おい見たか!?」「え? 何? また流れ星? もう私、一番大事なこと祈ったからいいよ」肩を揺さぶられながら彼女は、片眉を上げて歯を見せず笑った。「いや……そんなんじゃなくて……」空を指差したが、あいにく僕は星座に昏く、無数の点からあの一つを見つけ出すのは不可能だった。「まあ、お祈りしなくても叶えて欲しいんだけどさ」二度瞬いた虹彩が潤んで反射率を上げる。「絶対叶えたいからお祈りした」「なんだよそれ」「ん〜?」覗き込んでくる目に、この世でたった一つの星座が映っている。「……ん? あっ」「なになに!?」思わず勢いよく振り返り夜空を指さす。「ほらあそこ……あれ」「なにさ」例の一等星だと思ったのだが、なぜか振り返った先には三等星しかなかった。「あ……?」きょとんとする。目の中にも、すでに無い。なんだったんた、いったい。困惑のまま視界のピントを彼女の顔全体へ戻せば、なんだか期待に満ちて見えた。
「なんかお祈りしないの?」「そういうの信じてないし、流れ星もないし」「信じるものは救われる、かもしれないじゃん」そう言って彼女はまた目を閉じた。僕は広大な夜空に視界を広げる。もしやまた、あの現象が起きるのではないか。……期待は外れた。神様というのも案外狭量らしい。けれどそれなら、僕の目が狂っていなければ、そして僕の不届きな説が正しいのならば、彼女が初めに祈った願いは必ず叶うことになる。
……と帰りの車中で聞いた彼女は、午後の光にまろやかな頬を溶かして、心底嬉しそうに笑った。
3/15/2026, 5:14:47 PM