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『走れ、走れ、走れ!追いつかれるぞ!
 翔吾は美夢に叫んだ。しかし、美夢は足を縺れさせ転んでしまう。
 助けて!美夢の叫びが木霊する。ゾンビは無慈悲にも美優の細い腕に噛みつき…』

 ペンを走らせる。まだ、まだ間に合うはずと自分に言い聞かせる。10時の締切まで5時間もある。徹夜でやれば無問題だ。絶望的な進捗を放置した自分の無計画さを呪うが、追い込まれたときほど脳みそは冴え、腕の筋肉は敏速に動く。結果的に原稿にかける時間は短くなり、生産性が上がっているのかも、なんて都合のいい解釈で自分を納得させる。必死に線を引いていると、扉が開く音がした。
「うわ、まだやってるの?」
 日曜日だというのに、平日と同じ時間に起きてきた妹だった。終わんないのよ、と返して再び原稿に取り組む。妹は不健康な漫画家業に対する批判をしながらも真っ暗な部屋のカーテンを開け、積み重なったコップを片付けてくれる面倒見のいいしっかり者だ。
「大体、お姉ちゃんは生き急ぎすぎだよ。もっと健康的で丁寧な暮らしをしなよ」
 規則正しく生き、常に一定の速度で歩いている妹には、この緩急ある生活を送る喜びはわからないだろう。
「人生なんて駆け抜けてなんぼよ、いつ死ぬかなんてわかんないじゃん?」
 やっとのことで描き終わった、ゾンビに美夢が無惨にも食われるシーンを指差すと、妹は悲鳴を上げた。
「またグロいやつ描いてる」
「仕事ですから」
 漫画家になって4年。連載は貰えたものの、いつ打ち切りになるかわからない、ぱっとしない作品だ。それでも一生現役でいたい、と思っている。
 寿命に追われる人間は、いつか死に捕まるそのときまで、やりたいことをやるべきなのだ。朝日に照らされたおかげで眠気が薄れてきた。絶対に締切から逃げ切ってやる。少し目を閉じて、またペンを走らせた。

5/31/2023, 7:07:23 AM