白い病室に、四季はあまり無い。寝たきりの僕は窓の外を、その青い空を眺めているだけだ。
そんな病室に飾られる季節の花が、唯一無機質な空間を彩ってくれる。
君は、忙しいだろうに毎日来てくれて、あと余命幾ばくもない僕の世話をしてくれる。
ある時君が持ってきた青い小さな花弁の切り花。
僕が綺麗だねというと、勿忘草よ、と君が答えた。
「忘れない、という花言葉があるの」
そう答えた君の瞳は痛いほど澄み切っていて、余命を縮めていくだけの僕の心に、痛みが生まれた。
「忘れていいよ」
「僕が死んだあと君は自由に生きていい」
思わず僕が呟くと――――それは僕の心からの本心だったのに、存外強い否定が返ってきた。
「いいえ。忘れない。
だから貴方も私の事忘れないで」
キレイにお化粧をした目を涙で潤ませながら君はそう言った。これから死に逝く者に対して忘れないも何もあったものじゃないと思うのだが、君は、張り詰めた顔で両手を腹の前で横向きに組んで、真剣だった。指先が、しなやかな手の関節が白く強張っている。
「私が、忘れないのは当たり前。
だから、貴方も私の事忘れないで」
その君の必死のお願いに、僕はこの人を遺して逝くんだ、というどうしようもない寂念が湧いてきて、気づけば涙を零していた。格好悪い。慌てて気だるい腕で涙を拭い、わざと明るく声を出す。
「そうだね。意識があるか分からないけど、努力はするよ」
「絶対よ」
君はそう言うと、今日初めて笑った。
僕はその笑みが、今日君が持ってきた勿忘草の儚さに似てると思った。
2/2/2023, 2:09:36 PM