私の二十歳は、こんなはずじゃなかった。
ハロウィンの日に友達とコスプレをして、渋谷の街を意味もなく練り歩きながら缶チューハイを煽っていたのに、辺り一面は血の海で、わけの分からないコスプレとは違った本当の気色悪い化け物たちが街を食い荒らしている。
これは本当に現実なのだろうか。
逃げ惑う人波に揉まれ、足を挫いたり何かの破片が飛んできたりで、気付けば自分も傷だらけになっていた。
廃墟と化した駅構内の女子トイレに籠り、便座の上で膝を抱え、一人震えている。
一緒にいた友達は、もう誰一人としていない。
私も直ぐにああなってしまうのだろうか。
脳裏にそればかりが過ぎる。
極力音をたてないようにしても、体の震えがそれを許さない。その音を聞きつけてか、ゆっくり歩みを進める足音が聞こえ始める。もしかすると、自分の幻聴かもしれない。それでも次第に大きくなる足音に「いや、いや、やめて、こないで……!」と呟いてしまう。
顔に手を当てると、ぬるりとした感触がした。指先を見ると、べったりと血がついている。友達が崩れ落ちた瞬間が、一息に蘇る。
怖い、怖い、怖い、死にたくない。
呼吸は浅くなり、次第に涙も止まらなくなる。
半べそをかきながら、声を殺すように膝へ顔を埋めた。
こつ、こつ、こつ。足音は近くなる。やがてそれはトイレの前から中へ入り、私が座っている個室の目の前で止まる。
息を漏らさないよう両手で強く口元を押さえた。心音がばくばくとうるさい。
「…………泣いているのか?」
知らない男の声だったけど、どこか初めてではな気がした。扉の隙間から、黒い男物のブーツが見えている。なんで女子トイレに入ってきたんだろう。
「……お前は俺の、何なんだ?」
「だ……誰、ですか」
酷くか細い声で問い返した。こんなところで生き残っていて、飄々と話すことができる人なんて居るはずがない。きっと化け物に違いないとは思うのだけれど。
「遠くからお前の泣く声が聞こえた。それが、俺を酷く苦しめる」
扉ががたりと揺れる。男が扉に触れている。
「あの、こ、殺さないですか」
「……そうだな。少なくとも、今は殺す理由がない」
「信じていいですか」
「俺は嘘はつかない」
ずっとここにいても、いずれ餓死してしまうだけだ。それなら、今目の前にある可能性に縋りたかった。
がちゃり、と簡易的な鍵は開かれ、やがて扉は開く。目の前には、血の気のない色白の男が立っていた。和服のような服装で、目元は薄らと赤みがかっている。いかにも、普通の人ではない。
「た……助けて下さい」
この時ばかりは、変なコスプレでなくて良かったと思案した。とはいえセーラー服にカーディガンを着ているので、職質をされれば気恥しいどころではないのだけど。目の前の男は足元から崩れ落ちる私を片腕で抱き留めた。
「ああ、いいだろう。お前が何者か分かるまではな」
つかの間の安堵から、私は見知らぬ男に抱き留められながら、意識を失った。
1/11/2024, 3:57:12 AM