街はひどく静かだった。
いつもは賑わっている通りに人の姿はなく、誰もが声を殺している。
時折聞こえるのはすすり泣く声。
街は悲しみに暮れていた。
傷を負った彼らに、彼らの悲しみに同化してしまいたい。膝をついて、涙を流してしまいたかった。
それほど大きなものを失ったのだ。街も、私も。
しかしそれは駄目だと自分を律する。
自分だけは、笑顔でいなくてはいけないのだ。
顔を上げ、前を向かなくては。でないと示しがつかない。
去っていった彼に誇れるような自分でいなくては──
「笑えてないよ。あんた」
声が聞こえた。
「あんたの気持ちはあんただけのものだ。それをちゃんと大事にしてやんなよ」
優しい声だった。自分の気持ち。でも、それはいけない。望まれていない。
「望まれるとか、そうじゃなくてさ」
まっすぐ私を見つめる視線。瞳を逸らしてしまいたいのに、それができない。声の主は、目尻を下げて言った。
「つらかったな。苦しかったよな。今日くらいはさ、休んでもいいんだ。見られたくないなら俺が隠してやるから」
ありきたりな言葉。凡庸で手垢のついたそれ。
なのに、それは胸にじんわりと染み込んで広がっていく。
駄目だ。ああ、壊れてしまう。
「いいよ。また直すから」
涙と嗚咽が溢れ出した。立っていられなくて膝をつきうずくまる。
悲しみに沈んだ街。しかしそれは何処か暖かく、街の空気は私を包み込んだ。
声の主はいなくなっていた。あれは街そのものだったのかも知れない。
笑わなくてもいいのだと。今だけは、自分に身を任せてもいいのだと。
誰もいない路地裏。不思議と寂しくはない。
泣きじゃくる私に影がずっと寄り添っていた。
6/12/2023, 1:06:13 AM