ヨリ

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●夢の石の墓標●

生まれ変わるのなら
アゲハチョウになりたかった。


こんにちは!
モンシロチョウの
モンちゃんと申します。

元人間です。
サナギの時までは悠々自適に
眠ってたんですけども、
目を覚ましたら、
モンシロチョウになっていまして、

まぁ、小さいながらもフヨフヨと
飛べるのは気持ちがよいものです。

ですが、先日の事、
呑気に飛んでおりましたら
人間の少年に捕獲されまして、

少年の部屋の机の上に、
1LDの住居を構えていただきまして

窮屈ながらも、外敵から襲われる
心配もなく、生活している所です。

その時、モンちゃんという名前も、
頂きました。単純な名前ですけど、
私はとても気に入っているんですよ。

机の前には窓がありますので、
空は見えます。飛ぶ者として
空が見えれば十分です。

少年は私の事を不憫に思ったのか、
一回だけ、私の事を離そうとしましたが、
元人間の性なのか
良く分かりませんけれど、

少年の事が何だかほっとけなくて、
そこに留まり続けたのです。

そうしたら、少年は諦めて
側に居る事を許してくれたのです。

その日から、私の住居は、
立派な吹き抜けになりまして、

家と少年の部屋を
自由に出入りできるようになったんです。

少年の部屋は私の住居より広いですので、
自由に飛び回るには十分。

少年は雨の日以外は
窓を開けてくれるので、
外の風が入ってきてそれはもう快適です。


そんな、
少年と生活を続けて
どれくらい経ったのでしょう。

人間と蝶では時間の経過が曖昧で
すごく長く感じます。

私が、少年をほっとけなった理由が、
少年はいつも寂しそうな顔をしていて、

なんと、今日は泣いているでは
ありませんか。

何故泣いているのか
理由はわかりません。

私がここにやって来て少し経った時の事、

少年が部屋から出て行って、
また部屋に戻って来た時、

その日はずいぶんと長く、
寂しい顔をしてたんです。

私は、そんな少年を励まそうと、
少年の周りをフヨフヨと飛んでみました。

そうしたら、少年は笑ってくれて、
それから、彼が寂しそうな顔をしていたら、
彼の周りをフヨフヨと飛んでみせるんです。


でも、今日は
いくら彼の周りを飛んでも、

膝を抱えて泣いていて、
全然笑ってくれません。

ねぇ、私をみて。
ほら、私、彼方の周りを飛んでるよ、
そして、笑って。

私は彼方の笑顔が大好きなの。

ねぇ、泣かないで。
私も悲しいよ。

こんな時、
私がモンシロチョウじゃなくて、
キレイで大っきな
アゲハチョウだったなら…

彼方は私の事を見てくれたかな。

ねぇ、泣かないで。

…泣かないで、ほら、
フヨフヨと彼方の周りを
ずっと飛んでてあげるから。

顔を上げてごらん。









「…ゆ…ゆめ…?」

私は、目が覚めると、
病院らしき施設のベットの上にいた。

『目が覚めましたね、ご家族を呼んできますね』

白い服がまぶしい、
ベテランっぽい看護師が、
テキパキと何かをPCに入力しながら言った。

「あの…私…蝶に」

私はさっきまで見ていた夢の話しをしようとした。

『まだ少し混乱してるようですね、もう少しお休みになられていいですよ』

看護師はそういうと、心が落ち着く薬ですよ。
と、点滴の管からそれを注入されて、
私は再び眠りについた。

夢の続きをと願ったが
続きを見る事はなかった。


結局、退院まで数日を要した。
家族は何も教えてくれなかったが、

そんな事より、
気がかりな事があった。

あの、蝶の夢の事である。

あれは、本当に夢だったのか?

ずっと、あの夢の事が気になって
モヤモヤする。


退院した翌日、
私は家族の目を盗んで外に出た。

1時間ほど歩いただろうか、
時間を気にすると急に疲れがやって来て、

どこかで休もうと、ふと視線をやった先に、

見覚えのある公園があった。

正確に言うならば、
見覚えはないけど見覚えがある公園。

ここは、
私が蝶だった時に、飛び回ってた公園だ!

と、瞬間的に思った。

そして、その公園にある花壇の片隅に、
私が夢の中で蝶だった時に、
少しの間一緒に居た少年の姿があった。

よかった。泣いていない。
と、私は思った。

「こんにちは」

私は、思わず声をかけてしまった。
これでは不審者ではないか。

『こんにちは』

少年は屈託のない笑顔で挨拶を返してくれた。
少年の足下には石で作った何かがあった。

「何してるの?」
変な事を気にする事を辞め、話しをする事にした。
いや、話しをしたかった。

少年は石で作った何かを見ると、
少し泣きそうな顔になった。

『もんちゃんのお墓』

「…もんちゃん?…お墓?」

『うん、モンシロチョウのもんちゃん。
ここで、捕まえて、お家で飼ってたんだ』

これは…夢の…。

『でも、何日か前に死んじゃった…。
もんちゃんは、とっても優しい子だったんだけど、僕のせいで…』

少年の大きな瞳から、
今にも涙があふそうだった。

“私のせいで泣かないで”

どこからか声が聞こえた気がした。

「それは、違うよ!」

とっさに出た言葉。

『え?』

「えーと、お姉さんね、
あ、えっと、不審者じゃないよ!」

『う、うん…』

「その…。もんちゃんから、
伝言を頼まれたんだよ」

『本当?!もんちゃんから!?
…でも…もんちゃん、怒ってたでしょ…?』

少年の輝く瞳が陰る。

「ううん。そんな事全然言ってなかったよ!
君に“出会えて、幸せだった”って。
“楽しかった”って。“ありがとう”って。
私に夢の中で教えてくれたの
そして、伝えてって」

『本当!?もんちゃんが?

…あのね、僕も少しの間だったけど
楽しかったよ、お家で寂しく無かったよ、
ありがとう、もんちゃん』

一瞬、自分に言われた気がしたけれど、
少年は、石で作ったお墓に話しかけていた。

そう、
私はモンシロチョウの
もんちゃんでは無いのだ。

でも、少年は笑っている。何だか私も嬉しい。

“彼方、やっと笑ってくれた!
嬉しい!”

また、どこからか声が聞こえた気がした。


「ところで少年、アゲハチョウとか好き?」

『え?アゲハチョウ?
うーん、モンシロチョウの方が、
小さくて可愛くて好きだよ。
アゲハチョウも好きだけど、1番はもんちゃん』

「よかった」

『?』

少年は私の独り言にキョトンとするも、
もんちゃんのお墓に、また手を合わせ、

後からやってきた友達と、
どこかへ行ってしまった。

少年に何の事情があるか分からない。
だけど、ずっと笑っていてほしい。と、
私は思った。

『バイバイ~!お姉さん、ありがとう~!』

少年は振り返って、手を振ってくれた。

私も手を振って、
その後もんちゃんのお墓に
手を合わせ、
また1時間かけて家路についた。

モヤモヤはとっくに消えていた。


その後、家をこっそり抜け出した事に、
烈火の如く叱られた事は、
私ともんちゃんの秘密である。



もし、また生まれ変わるなら、
モンシロチョウがいいなって
ふと思った。




fin.



#今回のテーマ(お題)は
【モンシロチョウ】でした。

5/11/2023, 7:55:54 AM