私はランプをつけ、開けられない窓に映る月を見た。
もう慣れた頃だろう、この人生は変えられないんだ。
権力はあっても力は無い。
もう諦めなよと、今晩も自分に言い聞かせた。
私はもう、ここには居たくなかった。
出かける時は、執事が着いてくるし、一日の予定に自由時間なんてものは無い。
ピアノに英語に油絵に、お父様の知り合いとのお茶会に、お母様とのパーティー。
知ってる人はいない。いるはずない。
好きなことをできるのは、夢の中だけ。、
厳重に我が家を守る鉄の門。
はたから見たら、きっと、この家は大きくて、立派で、羨む人だっているはず。家が嫌いな訳では無い。ただ、環境が嫌い、大嫌いなだけ。
私の部屋から見える、あの街に今すぐ行きたかった。友達とジェラートを食べる女の子、浜辺ではしゃぐ男の子、子供と手を繋ぎ、もう片方の手でカバンを持ったお母さん、腕時計を気にしながら、周りをチラチラ見ているお洒落した男の人。
ある日、お母様が熱を出した。使用人もお父様もお姉様も、みんなお母様を心配してお母様の部屋につききっきり。今なら、もしかしたら、ここから出られるかもしれない。逃げることが出来るかもしれない。
私は外のことを全然知らない。いつも行く時は、執事の後ろを着いて歩くだけだったから。走っても、「ワンピースの裾が汚れますよ。」とか、「街は汚くて、悪い人ばかりいるから早く帰りましょ?」とか、どうしても私をここに居させたくないみたい。
そんなのことを考えながら、レースの着いた若葉色のポンチョを身にまとっていた。フードを頭にすっぽりと被り、顔が見られないようにした。みんながお母様の部屋に入ったところを見て、お母様のことも心配だが、それよりも、ここからどこかに行けると言う嬉しい気持ちが上まった。お母様の部屋とは反対側の廊下を通って、1階へと降りていった。音が出ないように、いつもより丁寧に大きく分厚い扉を開いた。
今までで1番、蝶番が大きく聞こえたみたいだった。
あの鉄の重い門を精一杯の力を込めて開き、とうとう外に出た。みんなへの申し訳なさと、嬉しさで、心の中がぐちゃぐちゃになった。まるで、パレットの上で、絵の具同士が混ざったみたい。
初めて1人で出た外だった。急に不安になったが、その不安をかき消すように、青く広がる空を見つけた。
太陽も、私を見てくれているような気持ちだった。
街へ行くには少し時間がかかる。歩いている最中、ドキドキして、胸がはち切れそうだった。
ポケットに入っていた小銭を広場でお店を出しているアイスクリーム屋さんに渡した。あの女の子たちが食べていたジェラートを頼んだ。初めてのアイスクリームを時間をかけて味わった。
街に着いた時、嬉しくて涙が溢れそうになった。
行く宛てもなく、日がどんどん下へ沈んで行った。
街にある公園の噴水の近くで眠った。
すると、肩を揺さぶられた。目を開くと、制服を着た痩せた男の人がたっていた。キョトンとしていると、その人が、自分は警察だと話した。そして、近くの交番まで連れていかれた。夜に女性が1人でいるのは危ないらしい。住所を聞かれたので教えたが、それは間違いだったことに、目が覚めてきて気付いた。私は警察の人に家へと送られた。警察の人は、扉を叩き、出てきた使用人に私を渡した。また、あの生活が戻ってきたらしい。開けることの出来ない窓を眺めて呟いた。またあの街へ行きたいな。
もう遅い時間だった。そう思い私はランプを消した。
1/28/2024, 2:45:42 PM