【冬のはじまり】
寒さの匂いがする。
そう言っても、誰も信じてくれない。シズクは目を閉じて鼻をひくつかせた。ついこの間まで、後輩のレイくんに誘われてファッションショーに参加し、忙しくしていたのが嘘みたいだ。初めて、誰かの依頼でイラストを描き、キャッチコピーを書いた。シズクがデザインしたポスターが何枚も校内の至る所に貼られた。
一つ年下の、男の子だか女の子だか分からない後輩。ただそう思っていたのに、彼の内側にあんな情熱が秘められていたとは驚きだった。
あの、妥協を許さない目。言葉はキツくなかったが、いつでもピリリとした緊張感が漂っていた。
思わず背筋をしゃんと伸ばし、指先を空中に漂わせた。
空気が冷たい。あの張り詰めた空気は、冬の空気に似ている。
「何してるの?」
穏やかな低い声に振り向くと、そこにシュンが立っていた。ベンチに座っているシズクを覆い隠すような影ができている。
「あ、特に何も。寒くなってきたな、と思って」
ほんの少し、シズクの声がうわずった。
シュンが来た途端、気温が1℃くらい上がったんじゃないだろうか。
(さすがにそんなわけないか)
シズクは立ち上がってシュンに微笑みかけた。女子生徒の中では長身な方のシズクでも、シュンと並ぶと小柄に見える。
「じゃ、行こっか」
シュンがさっと右手を差し出した。シズクも手を出してそれをにぎる。
じんわりと、胸に暖かいものが広がる。
冬が、はじまる。
11/29/2023, 1:04:32 PM