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こんな寒い日の夜は脳裏にアイツの顔が過ぎる。

お前がいなくなったのも、今みたいな寒い日の夜だった。

ブロンド色のオールバックで、サイドは刈り上げ。

白の半袖Tシャツをデニムの中に入れてて、上からデニムジャケットを羽織ってた。

スラッとした細身なのにガタイが良くて、何でも似合っちまう。

よく行きつけのダイナーの前に愛車のバイクを停めてタバコをふかしてた。

青い瞳に整った顔。

その甘いマスクに女はたちまちイチコロになった。

だけどお前はそんな女達なんかには目もくれず、

考えるのはたった1人愛した女と俺らダチのことだけ。

普段は物静かで温厚なお前でも、

自分の大事な人が傷つけられたら黙ってはいられず

よく喧嘩して顔や身体に傷をつくってた。

どんなに傷が出来ようと、周りが止めようと、

"お前らが幸せでいてくれるなら、俺はそれで良い"

そう言ってはにかむお前の顔が、

笑顔の向こうにある真剣な眼差しが、俺は大好きだった。

今日はお前が愛したバイクに乗って、

お前が眠る場所に向かう。

よく吸ってたタバコに火をつけ、

お前が好きな真紅の薔薇を手向ける。

あれは3年前の寒い日の夜、ちょうど雪が降り始めた頃。

もうすぐ産まれる我が子のためのおもちゃを買いに行って

その帰り道でお前はお前に恨みを持ったやつが運転していた車に猛スピードで突っ込まれ、それっきりになっちまった。

「なぁ、元気か?

お前がいない街も日々もつまんねぇよ。

お前が愛した彼女は、お前が遺した子供と一緒に幸せに暮らしてるぞ。」

どんなに語りかけたって、返事が返ってくることはない。

「久々にお前の声が聞きたい。また話してぇよ。」

少し返事に期待する。

だが当然ながらそんなことあるわけない。

そして帰ろうと墓に背を向けて歩き出した時。

"おいおい、帰るの早すぎじゃん?"

懐かしい声が聞こえた気がして慌てて振り返る。

すると俺の目の前には自分の墓に腰掛け、

爽やかな笑顔で俺を見つめるお前がいた。

"よっ。"

「は…?」

昔と同じ、白の半袖Tシャツをデニムの中に入れ、

デニムジャケットを羽織っているアイツは

まさに当時のまま。


「こんな寒い日にそんなだと、風邪引くぞ。」


"お前こそ、傘させよ。"


「傘なんて持ってない」


"そんなんだから、長いこと彼女の1人も出来ないんだよ"


「余計なお世話だ」


"俺の女の事、俺の分までちゃんと愛してくれてんの?"


「当たり前だろ。お前が心配しなくても俺らは大丈夫だよ。」


"なら良かった。お前らが幸せでいてくれるなら、俺はそれで良いんだ"

「ったく、相変わらずだな」

"当たり前だろ。俺はいつだってそう思ってる"

「お前のそういうとこ、本当に好きだよ。」


"ありがとさん。あ、俺の彼女によろしくな。まぁ、今はお前のだろうけど。"


「あぁ、恋しがってるからたまには夢にでも顔出してやれよ」


"ハハッ。そうだな、たまにはそうしてやるか。"


「アイツもきっと喜ぶよ。それじゃ、俺はそろそろ帰るよ」


"なんだよ、もう帰っちまうのか"


「お前の彼女と子供とツリーの飾り付けする約束してるんだ」


"おっともうそんな時期か。アイツ、何歳になった?"


「もうすぐ3つになる」


"3つか…。なぁどっちに似てる?"

「綺麗に2人の良いとこ取りだよ。」

"そうか、きっと可愛いんだろうな。おっと、今日は来てくれてありがとう"

「俺の方こそ、わざわざ会いに来てくれてありがとな」


"良いさ。お前が悩んだ時はいつだってお前の背中を押してやるのが俺の役目だからな"


「本当、お前には感謝してもしきれないよ。これからも見守っててくれよ。」


"当たり前だろ。2人のことよろしくな。"

「あぁ。それじゃ。」

アイツに別れを告げて少し歩いた先で後ろを振り返ると、


墓にはアイツの姿はなかった。


俺が見たアイツの姿は脳裏にある記憶がもたらした幻なのか。


…いや、あの感覚は幻なんかじゃない。


「じゃあな、相棒」


そういって俺はバイクに跨り墓地を後にした。


"また来いよ、相棒"


俺の姿が見えなくなるまで見送ったアイツは、安心した表情で旅立った。


アイツの墓には、こんな文が彫られている。

自身の幸福よりも愛する恋人、友人らの幸せを第一に考え、23年の人生を捧げてきた英雄(とも)よ
来世でお前が幸せなら俺達はそれで良い
安らかに眠れ─────

11/9/2023, 7:33:13 PM