「花束」
私も夫も地味な人生を
過ごしてきたのかなと思う。
誕生日も結婚記念日も
花を贈ったり特別なことをしないと
決めている。
お互いがその記念日に元気でいること。
一番の贈り物かなと。
夫が定年を迎えた日。
せめてこの日だけは、花束を贈ろうと
小さなバラの花束を用意した。
仕事を納めた夫は、
かかえきれない花束を持って帰宅した。
職場の同僚や、友人から贈られたのだ。
人生初、夫は、最高の花束をたくさんもらった。
部屋中がお花畑。
穏やかで、誠実で、誰にも優しい夫。
職場でも地味ポジションの夫。
それでも花束の数だけ夫を認めてくれる
人がいたことが嬉しかった。
でもあの華やかなたくさんの花束を
見た後に、妻として、小さな花束を
あげるのがちょっぴり気まずかった私。
結局、渡せないまま、華やかな花束に
まぎれこませて飾った。
夕食は、少し豪華に定年を祝い
長い間お疲れ様でしたと言葉をかけて
地味夫婦のささやかなイベントは、終了した。
定年から三年。夫の趣味は、園芸。
せっせと花を育てている。
ある日、夫の育てた鉢植えにバラが一輪咲いた。
私の好きな可愛らしいピンク色。
このバラの花の色好きだわと夫に告げたら
なんとあの時、たくさんもらった花束から
バラの花だけ刺し芽にして育てたのだと
言う。
さまざま数種類バラがあったけど
刺し芽で根ずいたのがこのピンク色の
バラだけだったらしい。
私が用意した小さなピンク色のバラの花束。
夫は、気づいていない。
私の花束を刺し芽にして育てていたこと。
私には、嬉しいサプライズだ。
でも花束を用意してたことは、
内緒のままにしておこう。
夫は、きっと花束を欲しいわけじゃない。
花を育てて花を咲かせたい。
それだけのこと。
私の花束を育ててくれたことが
何より私は、嬉しい。
2/9/2023, 3:52:14 PM