寝ても寝ても眠いにゃん

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大嫌いなあいつの腹の中には赤子がいるらしい。


朝を迎えれば胃液が込み上げてきて、考えるだけで心臓は鼓動を増し、腸はぐつぐつと煮えくり返った。
そのくせ人様には愛嬌を振りまき、それなりの職に就き、"一般的な幸せ"とやらの定義に沿った生活をしている。
私の人生を掻き乱しておいて、のうのうと生きているあいつが憎くて堪らない。

家族は一人残らず他界、世話をしてくれる親戚などいなかった。大変だね、頑張ってね、とは言われるが手を差し伸べようとする者は一人もいない。
恋人もいないし、これといって仲の良い友人もいない。趣味もなければ仕事のやりがいもない。
もう、何もかもどうでも良かった。



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家にある包丁は切れ味が悪くなっていたので、某ショッピングセンターに行き新しいものを買った。
お陰様で貯まったポイントは、今日の夕食代に当てさせてもらおう。成功した暁には久しぶりに奮発してお寿司を食べるのもいいかもしれない。








何時何処にあいつがいるのか、私は既に把握していた。
後はさっき買ったあれを持って、実行するだけだ。

30メートルほど前にいるあいつは、片手に袋をぶら下げのんびりと歩いていた。白いトレーナーに黒色のジーパン。括った髪は少し高めで、一歩踏み出せば僅かに揺れる。
でもそんなことはどうでもよかった。
狙うは腹一択。



少しだけ歩く速度を早め、頭の中に流れていた音楽は昔の記憶へと変わった。
確かに存在した家族との記憶が曖昧になっていることに気がつき複雑な心境になったが、これから手を下せることが有頂天外の喜びである故に、どうでも良くなった。
やっと、やっと私は幸せになれる。











一度目は大きく。全身全霊を込めて、突き刺した。
抜いた途端に血がこぽこぽと流れ、その存在を主張している。
二度目は同じ箇所をもう一度。腹の中で包丁を三回転ほどさせると、中身がグロテスクな音を立てているのが分かった。
そして心臓と同じ拍で、血が零れている。


あいつの白いトレーナーは粘質な血のおかげで紅色に染まる。純粋にそっちの方が似合っていると思った。先程まで持っていた袋は地面に落ち、中身が少しだけ零れていた。ちらりと林檎が見え、素敵な紅だと思った。




「小さな命」

2/24/2024, 11:10:04 PM