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「ねぇ、なんで彩人はさ、私を好きになったの?」
今まで聴きたくても結局、寸前のところであと一歩の勇気が出せなくて飲み込んできた言葉。
無駄に広い割にきちんとした清掃が施されているこの公園は朝のランニングスポットとして人気があるが、敷地の大きさに対して街灯の数が少なすぎるが為に真っ暗で夜はあまり寄りつく人間もいない。
私と彩人はその公園の数少ない遊具の一つであるブランコに乗って、特有のキィキィという鈍い音を2人で、少し変なリズムで鳴らしていた。この季節は突っ立ってるだけでも体を丸めてしまうような寒さなのにも関わらず、ブランコで空中の大気を切り分け、それを水のように浴びる感覚が私を夢中にさせて、寒さなんてどうでもよかった。というよりは、忘れていたに等しい。
「えー、、、うーん、波澄が俺にも教えてくれるんだったらさ、俺答えるけど」
彩人は普段からあまり驚かない人間だ、顔も大体基本は無表情、今だって、私が体が熱を帯びるほどの後遺症を残すまでの思い切った質問をしてこの反応だ。
「勿論だよ」
わかってるよ、ちゃんと用意してる
「一学期の後半にさ、咲さんが女子グループからいじめを受けてた時期があったでしょ?あれさ、言ってなかったけど俺が原因だったらしくてさ」
「えっ⁈彩人が?」
「うん、クラシック音楽が好きっていう共通点があってさ、前々から親しくしてたんだけど、話が盛り上がってるところを見られてたらしくて、、、グループの中のえっと、真矢さんだっけ?その人が俺のこと好きだったらしくてさ」
「へぇ、真矢さん彩人のこと好きだったんだ」
「それで咲さんをいじめたんだよ。俺、助けようとしたんだけど、咲さんに俺が動くと余計に状況が悪化するし、これくらいすぐに収まるから大丈夫って言われたんだ。だから、どうすればいいかわからなくて何もできなかった。」
「でも、状況は一向に良くならないどころか、いじめはエスカレートしていった。そういうことだったんだ」
「うん、波澄はコンクールでずっと学校来れてなかった時だったからね」
「久しぶりに登校したら教室の隅で咲ちゃんが真矢さん達に取り囲まれて、とても汚い言葉を浴びせられてたの、咲ちゃん上履きを履いてなくて、前より少し痩せてた。」
ふと、隣を見ると薄暗くてはっきり見えないが、彩人は俯いていたのがわかった。
「彩人のせいじゃないよ、咲ちゃん言ってたもん、何度も彩人が助けようとしてくれたって、でも、大事になるのが嫌で、自分がいじめられてるってことも受け止められないでいたんだって」
「、、、でも、波澄は咲さんを救った。なら俺だって出来ないことでもなかったはず。心の中ではあまり関わりたくないってそう思ってたから、咲さんの言葉に甘えた。」
「考えすぎだぞ、彩人。彩人の言い方だとね、まるで私が正義の味方みたいになってるんだけど、咲ちゃんは私の数少ないお友達なの。だから、我を忘れてあんならしくもないことを、、、あぁ自分があまりにも居た堪れない。」
あの光景を見て怒りで冷静さを忘れてしまった私は、学年で噂になるほどの正義の味方ぶりを披露した。
「(クスッと笑う)波澄さ、真矢さんにビンタされそうになってさ、俺急いで止めようとしたら真矢さんの腕をつかんで後片方の手でビンタしちゃうんだもん。「正当防衛ですけど、何か?それよりも、ピアニストにとって何よりも大切な手を痛めたんですが、どうしてくれましょうか?真矢さん?」ってさ」
「後悔は、、、してない」
「その時ね、「今までの選択は全てこの瞬間とこの人と出会うためにしてきたのかも」って思った。
それまで、沢山の人の中から好きな人を見つけることと沢山の色の中から好きな色を見つけることの違いがわからなかったけど、波澄が教えてくれたんだ。」
「その答えは?」
「好きな色は比べて見つけるけど、好きな人はこの世に1人だけだから比べるも何もないんだ。」

6/22/2024, 2:52:40 PM