036【世界に一つだけ】2002.09.09
夏の夜の何がツライって、蚊になやまされることだ。一匹たたいても、また、一匹。まるで血液レストランの特等席が空くのを待っていたかのように、あらたな蚊がやってくる。それを、ああ、また来たか、とうんざりしながら、そしてときには、空振りして自分の顔をしたたかにたたいて痛い思いをしたりしながら、一匹一匹、手作業で退治している。
あまりに多い夜は、サイドテーブルにたたいた蚊をならべて、戦果を確認したりする。ひどいときには10匹ちかくならぶときがある。そのなかには、たたき方があまくて、再び飛んでいきそうになるヤツがいたりする。でも、まあ、ほとんどの蚊は即死、あるいは、瀕死だ。
たたいてもたたいてもいなくならないことにはうんざりするが、頑張らぬことには熟睡できないからしかたない。また今夜もか、また来たか、と一匹ずつ始末していく。
だけど、ときどき気がついてしまう。
また来たか、と思いつつ、頭のあたりをブンブンする蚊にねらいをすましているけど、たたきころされたあとで「また来た」蚊なんて、一匹もいないのだ。その証拠に、ほら、さっきまでの戦果がすべて、そこのテーブルのうえにならんでいる。いましがたも、飛び立とうとしたヤツがいた。だが、もうしわけないが、テーブルのうえで潰させてもらった。だから数に一切の齟齬は無い。
とにかく、どの蚊もこの蚊も、死んだら終わり。また来たりなんかできるわけないのだ。だけど人間様は、「また来たか」などとほざきやがって……エラそうに。
世界に一匹だけの蚊。世界に一つだけの命。
わかっている。そのかけがえのなさは。しかし。私は夜は静かに寝たいのだ。睡眠不足はとにかく健康に悪い。こっちだって、明日の元気がかかっているんだからな。
おい、そこの蚊ども。すまないが、永遠に静かになっていただこうか。
9/9/2022, 12:05:06 PM