「起きな」
一人の男が公園の噴水の中で寝ていた。その男を良く似た顔の女が揺さぶった。
「……」
目は覚ましたが、頭はまだ起きていない。
「光」
叱るような、冷たい声で呼ぶ。男の名前は光といった。
「真冬にこんなところで寝たら死ぬ」
「……うん?」
「起きたか」
「なんだよ、うるせえな……」
光は溜まった水に肩まで浸かりながら返事をした。顔まで入ったこともあるらしく、頭の上まで水浸し。彼には今が猛暑日である様子。
「千沙」
千沙というのは女の名前だ。どうやら、この二人は兄弟のようだ。
「何?」
千沙は小さな声で返事をした。深夜二時。
光は噴水の水を千沙にかけ始めた。幸い照準は最悪だったから、千沙は咄嗟に避けて濡れずに済んだ。
「やめて、犬コロ」
ははは、と、乾いた笑い声。とても眠いらしく、やっと立ち上がらせたのに次に光はまた膝を突き、顔から水の中に突っ込んでいった。
「バカ!」
千沙はうっかり持っていた酒瓶で光の頭を殴りつけそうになった。けれどもやめておいた。束の間の苛立ち。千沙は光ほどに感情的ではない。
「さっさと上がって、寒いでしょ!」
光のTシャツの襟元を掴んで、無理やり引き上げる。
びちゃびちゃ音を立てながら雪の上を歩く。彼の服や靴から落ちた大量の水が雪面に道を作っていった。目を開けた街はとても明るい。いろんな色が光って、点滅して、飾りをなしている。
大掛かりなイルミネーションも今は虚しいだけだ。こんなにバカな弟もいる。バカ。どうして死なないのか不思議。
「早く、家に帰りましょう」
千沙は本気で心配をしていた。震えた肩に、悪い顔色。
「冬になったら、お前も心配してくれるんだな」
光が感心したように波打った声で叫ぶ。歩き方も話し方も、思考も全て不安定。
「冬ってのはすげえや」
笑いながらそう呟く。尊敬の念がこもっている。謎。
「そうかよ」
千沙はびしょ濡れの光を抱えて、家へと帰っていった。
体を熱くして、ベッドに唸りながら横たわっている光。眩しい太陽に冷えた冬。
11/17/2023, 12:01:21 PM