お題 理想郷
喫茶「理想郷」だなんて大仰な名前の喫茶店を見かけた俺は、不意になにかに呼ばれたような気がして入ってみた。
新装開店なのか、真っ白な胡蝶蘭が誇らしげに飾られていた。
「いらっしゃいませ」
奥から女性の店員の声がする。なんだか聞き覚えのあるような声……
「あ!誠二君じゃない?」
「えっ?佳代先輩ですか!」
俺は驚いた。大学で同じ学部の先輩だった佳代さんが、ここで働いているなんて。
「卒業してA社に就職されてたはずじゃ」
「あれからすぐに辞めたの。やりたかった事とは違ったからね。芸大目指してバイト中なのよね~」
佳代先輩はやりたい事に向かって進んでいる。それなのに俺ときたら、就活して入った会社の人間関係に押し潰されて、いつ辞表を出そうかタイミングを見計らっていた。
「人生一度きりだしね。後悔したくないから決意したの。両親納得してないけどね」
未来を見つめて煌めいている佳代先輩を見た俺も腹を括った。
明日辞表を出そう。そして俺は俺の理想郷を目指そう。昔から小説家を目指して書き溜めていた作品がある。臆病な性格だから応募にすら出さなかった。
だが、夢を捨てきれなかったんだ。作品を出版社に持って行ってみよう。応募もしてみよう。
佳代先輩のおかげで吹っ切れた俺は、夢を想い出させてくれた喫茶「理想郷」の常連客となり、執筆活動をする未来を想い浮かべて店を後にした。
11/1/2023, 9:00:54 AM