理性

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#だんだん理性が溶けていく話

■冷たくするのをやめたくない人の場合


〈理性が溶けた後〉

2人は桜が咲き始めた小さな神社を訪れていた。

満開にはまだ早いものの
木々には薄紅色の花びらがちらほらと姿を見せていた。

彼が「春の神社って、なんだか特別だよね」と言うと
彼女は「そうかもね」と小さく頷いた。

神社の境内には古い絵馬が並び
誰かの願いが書かれている。

彼女はふと足を止め、ひとつの絵馬をじっと見つめた。
「何か気になる願い事があった?」と彼が尋ねると
彼女は「別に。ただ、こういうの、意外と面白いかもね」とそっけなく答えた。

すると、彼はポケットから小さな絵馬を取り出し
「これ、君専用にしてみたんだけど」と渡した。
そこには彼が書いた短いメッセージがあった。

「君と一緒に、これからもっとたくさんの景色を
見られますように。」

彼女は一瞬目を丸くした後、視線をそらして
「…またそうやって妙なことしてくる。」
と小さく呟いた。
しかし、その声にはほんのりと温かみが宿っていた。

「君の願い事も書いてみない?」彼が優しく言うと
彼女は少しだけためらいながら、絵馬の裏に文字を
記し始めた。

二人は並んでその絵馬を掛け、桜の木の下で
そっと見つめ合った。風に揺れる花びらが二人の間を舞い
冷たさの記憶を桜色に染めていくようだった。

「そういえば絵馬に何書いたの?」
神社を出る時に彼が尋ねると
彼女は視線をそらして「…秘密。」とだけ呟いた。

「少し見てきてもいいかな」と彼が振り返りかけた瞬間
彼女の手が彼の手に触れ、ぎゅっと繋がれた。
「ダメ。」彼女が小さな声でそう言いながら
顔を赤くしてそっと手を引いた。
その仕草に、彼は微笑みながらも足を止めた。

神社に掛けられた絵馬には、彼女の小さな文字で
「これからも、一緒にいられますように。」
と書かれていた。

終わり

3/25/2025, 1:54:01 PM