August.

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「秋」

秋は自分を卑下する。
夏のように堂々と振る舞うこともできず、冬のようにロマンチストでもなく、縮こまって小さな声で「秋です」と言うだけで、何も出来ずに冬がショーを独占する。
こんな癖の強い二人に挟まれたことは不憫でならない。
もし、私が秋だったらこんな癖の強い二人に挟まれたからこそ、自分を魅せてみせると躍起になることだろうが、秋はそんな発想には至らないようだ。
秋は自分に自信がない。コンプレックスだって、彼が話し始めたら軽く二時間は潰せるだろう。顔のパーツのここが嫌だとか、こういう性格を直したいだとか。酒を飲めばもっと出てくるだろう。そして終いには、自分なんて死ねば良いんだと地雷系女のようなことをグラス片手に叫びだす。キーキー叫ぶので、大抵この話題について話すときは、どちらかの家で飲むようにしている。他のお客さんがびっくりするだろうし、彼も赤の他人に嫌な思いをさせたくないという常識は持ち合わせているようだ。叫んでいるとは言っても、子猫が威嚇しているくらいなので、私からしてみれば可愛いものだ。
しかし、人は二面性があるという言葉がある通り、彼は時々人が変わったかのように暴走する。
自分なんてどうでもいい、誰も見てくれやしないなら好きにさせてもらうと言いたげな顔をして、あえてショーを欠席する。ただの欠席ではない。リハーサルも終えて、時間になっても現れない秋のことを不安に思ったスタッフが「秋さん、出番です」と彼の楽屋に迎えに行くが、そこはもぬけの殻になっていたこともしばしばある。つまり、究極のドタキャンだ。一番タチの悪いやり方だと私は思う。賢い彼はきっとどれだけの人に迷惑をかけるのか分かっているはずなのに。いや、賢い彼だからこそ、あえてドタキャンをするのだ。どれだけの人が迷惑だと思うのか、困るのか、その基準で彼は暴走するのか決めると思う。そして、迷惑をかける人の規模が大きいければ大きいほど、彼はあえてドタキャンをする。一歩間違えたら、契約だって切られるのに、なぜか有名ブランドやスポンサーは彼を切らない。
風の噂では秋が仕事があるのは、企業の上層部と接待をしているからだと聞いたことがある。それも濃密な。
まぁ、妬みや嫉みが入り交じったものだろう。私は真剣に取り合わなかった。
自分は努力しているのに、なぜドタキャンする彼には仕事があるのかと恨まれても仕方がない。
現にそうなのだから。

私は元々、秋が今座っている席に座っていた元モデル。
嵐のように訪れた彼に呆気なく席を取られ、今では彼のお世話係に任命されている。
「無理をしていないか」と同僚や私の教育係から何度か心配されたが、私は大丈夫だという旨を毎回伝えていた。
勿論、最初はなんであんな奴に奪われたんだ、すぐに取り返してやると燃えていたが、彼のショーを見ればすぐに分かる。
あぁ、これが天から与えられた者なんだと。
惹きつけられる眼力。どんなコーディネートも着こなせるモデルとして最高の肉体。訓練されたモデルウォーク。何もかもが完璧だった。
圧巻だった。
それから自分は凡人で、かつて自分が座っていた席も結局は前は誰かが座っていて、自分が蹴り落として出来た席なんだと。自分が蹴り落とすのは何とも思わなく、むしろ爽快感すらあったのに、自分がいざ蹴り落とされる側になると被害者面をするのは、厚かましいにも程があると悟るまでに至った。
今では満足してるくらいだ。
モデルとして使い物にならなくても、仕事を与えてくれる事務所に感謝している。
不満などない。そう思っていた。


いつも通りの朝だった。
彼を迎えに行く為、車を走らせ、家に向かった。
昨日の夜に迎えの時間を一時間早めるとメッセージを送ったが、既読すらつかなかった。
いつものことだ。どうせ通知バナーから確認しているだろう。そう思っていた。
目的地に着き、インターホンを鳴らす。
高級住宅街にそびえ立つ一つのマンションは、他の家より際立っていた。世界的デザイナーが手掛けたマンションだからかもしれない。家賃も笑えないくらいの値段だろう。過去の自分でさえも払えない額だと思う。そんな自嘲をぐるぐると頭の中で考えていると、うっすらと声が聞こえた。
「田山?」
少し掠れた彼の声が聞こえ、「迎えに来ました」と伝えると、「一時間、間違えてない?今日は一〇時迎えでしょ?」と秋が言った。
あぁ、そっちのパターンか。
てっきり、通知バナーで確認してるから既読がつかなかったと思っていたが、本当に連絡を見てないパターンだった。
「昨日の夜に迎えは一時間早めると連絡しましたよ」と私はモニターを見つめながら言った。彼は「田山、悪いけど一〇分だけで良いからそこで待っててくれない?急いで準備するから」と彼にしては珍しく謝罪をした。私は彼が謝罪したことに気を取られ、つい、了承してしまった。最後に彼のありがとうという声と共に聞き覚えのある声がモニターから聞こえたのは気の所為にした。


一〇分が経った。
私は悩んでいた。
一〇分前の最後の声についてだ。勿論、彼が時間になってもロビーに現れないのもそうだが、彼のありがとうという言葉に被さったあの声について頭を抱えていた。聞き覚えのある声で、どちらかというと男性のような声がした。私の腕時計は九時十五分を指していた。職業柄もあるが、私は割と時間に厳しい性格だ。仕事でもプライベートでも。その性格のせいで何人もの恋人に振られたか。まぁ、そんなことはどうでも良い。私はとりあえず時間になってもロビーに現れないからという理由で、彼の住む部屋に向かった。本来であれば、マンションの入口にあるモニターで呼び、鍵を開けてもらうのが通常のシステムだが、何かあった時の為にと、社長から合鍵を持たされているので、それを使えば開けられる。私はエレベーターへ向かった。


彼の部屋のインターフォンを鳴らす。しかし、出て来ない。約束の時間より十五分も遅れてんだぞ、スタッフが現場で待っているのにと私は少々苛つきを覚えた。
ここ最近は彼は、真面目に仕事をしていたせいか、久しぶりの遅刻に動揺してるのかもしれない。
何かあってからは遅いと言い訳をし、私は無断で合鍵を鍵口に差し込んだ。
「秋さん、時間ですよ」
私はなるべく穏やかに言った。
「秋さん、入りますよ」
いくらお世話係と言えど、他人の家に入るのだ。念の為、靴を脱ぎながら言う。
リビングには大量のビール缶や飲みかけのワインが残されていた。やけ酒でもしたのだろうか、それとも単なるストレス発散か。
とりあえず彼を探すか。そう思ったが、部屋の数が多く、何度も寝室だと思った部屋が空き部屋だったり、洗面所だったり、とにかく金持ちの威厳を見せつけられた。
残り一つの部屋だ。
おそらく彼はここにいる。
ノックをして、入った。
しかし、私は後悔した。
ベッドで女のように喘いでいる彼がいた。そして、彼を女にさせていたのは、社長だった。
呆然とした。
あの噂は本当だったのか?
社長の女だから、いくらドタキャンしてもスポンサーが離れなかったのか?
いくつも聞きたいことがあったが、行為中の彼らは、自分の存在にすら気づかなかった。
社長と目があった。
社長はにやりと笑い、彼に言った。
「ほら、君がいつまでもこうしてるからお世話係が来たじゃないか」
そうして自分の女だと見せつけるように、正常位から体位を変え、社長の肉棒と彼の穴が行き来きする様子を何度も見えるように体位を変えた。所謂、背面座位だ。
虚ろな目で涎を垂らしながら彼は私を見て喘いでいた。
しばらくすると彼は私の存在に気づき、今どれだけ羞恥な姿を見せているのか分かったそうで、はっとした表情を見せ、社長に止めるように懇願した。
しかし社長は、それすらも、冗談だ、嫌も嫌も好きのうちと解釈し、行為を続けた。
私は納得した。
なぜ彼の合鍵を渡された時、社長の手から受け取ったのか。社長は日常的に彼の家に訪問していたから合鍵を持っていたし、無くしたら困るからと余分に作ったのか、他の企業の上層部に彼との行為を見せつけるため多めに作っていたのか。どちらが本当なのか分からないが、少なくとも、社長が個人のモデルの部屋の鍵を持っている事実は不自然極まりない。


私は彼を社長から、離し、自分のジャケットを被せた。
気づいた時には、裸の社長に怒鳴りつけ、社長も裸のまま私を怒鳴りつけた。
「秋も君もクビだ!!」
社長はそう捨て台詞を吐き、慌てて下着やらスーツを着て、出て行った。
きっと、私の、このことを芸能倫理会に報告するといった言葉が効いたのだろう。芸能倫理会とは、圧倒的に立場が下になりやすいタレントや俳優らを芸能事務所社長やスポンサーから守る為に作られた組織だ。近年になり、枕営業や違法な契約書、給料の未払いなどが浮き彫りになり、国会議事堂で成立された。


今後のことは分からない。報告するとは言ったが、秋の意思を最優先にする為、彼の意向をまず聞かなければならない。
他にも聞きたいことが山ほどあるが、部屋の隅っこで私のジャケットを抱きしめながら泣きじゃくる少年を安心させることが最初にやるべき事だろう。


薄々気づいてはいた。
彼がドタキャンする兆候が決まっていて、それはエゴサの時間が普段よりも長い時にドタキャンする。おそらく、酷く罵られた文字が目に映っていた。
そして何もかもが嫌になり、ドタキャンをする。
しかしそれだと自分の仕事がなくなる。不器用な彼はそれを逆手に取られ、社長の言いなりになった。


「秋さん、大丈夫ですよ。私は何もしません」
胸の中で泣きじゃくる少年を私は泣き止むまで抱きしめた。

9/26/2024, 1:49:51 PM