ななしのみさき

Open App

【二杭宗宏(にくいたかひろ)×遊佐(ゆさ)あおい】

 朝起きて君が隣で寝ているとき、写真を眺めてはときより悲しそうな顔をする君を見たとき。
 俺が大好きな君には、幸せになって欲しい。そう願わない日はない。

「朝飯食ってく?」
「食べないわけ無いじゃん。お風呂借りるよ」慣れた様に風呂場へと歩いて行った。俺の家に来てまで、朝のルーティーンを行うところに、あおいらしさを感じる。朝に風呂に入るルーティーンも、あおいが泊まるようになってから慣れた。朝食が出ると嬉しそうに笑う顔も、見慣れたものだ。
 慣れた手付きで卵をボールに割り入れる。ボールの中に白だしと水を入れて混ぜ、火にかけて巻く。始めに比べ、綺麗に巻けるようになっただし巻き卵は、今日の弁当に入る。きっとあおいの弁当にも。昨日の夕食の唐揚げも、さっき適当に作った炒め物も、今日の弁当の仲間入りを果たした。

「宗宏。私もお弁当詰めて」昨日も聞いた。いいや。先週からずっと聞いている言葉。
「はいよ」昨日洗った弁当箱に、俺と同じ内容を入れる。あおいの弁当箱は俺よりもかなり小さい。優しい色使いの弁当箱に、特に栄養も何も考えられていないメニューが並んだ。
「何か手伝おうか?」あおいが弁当箱の中を覗いた。
「先に髪乾かせよ。制服濡れるぞ」箸でつまんだだし巻き卵をあおいに食べさせた。
「もう濡れてるよ。」あおいは口を開いて、ほうばった。「今日は出汁か。昨日は甘かったよねー」
「何か不満か?」
「不満なんかないよ。食べさせてもらってる分際で。」
「じゃあ何?」
「昨日の卵焼きさ、似てたんだよね。お母さんが作った卵焼きに。なんか懐かしなって」思わず黙り込む。なんと言葉をかけるべきなのか、たった十六年生きただけの俺には分からなかった。
「何思い出してんだろうね。宗宏の卵焼きなのにね。もうとっくに死んてるのにね。それに、わすれてたはずなのに」悲しそうにあおいが言う。
「明日は、甘いのにするか?」そう聞いたのはあおいのためじゃなくって、俺があおいが悲しそうな顔をするのを見たくなかったからだったり。
「ううん。明日は私が作るよ。金曜日だし。」
「じゃあ明日は、あおいの作る角煮がいい。弁当には肉巻き」
「分かった。じゃあ明後日は宗宏のオムライスかな。……って、いつまでいる気なんだよって思った?」あおいが聞いてくる。申し訳なく思っているのか、目線が明後日の方向を向いている。
「いいよ別に。誰かいるほうがあおいがいいなら。……その前に、早く髪乾かしてこい」俺はあおいの頭に手をぽんと置いた。
「うん。……ありがとう。宗宏」そう言い残して、あおいは洗面台に向かった。心なしか、少し彼女の顔が笑ったように見えた。

 俺が大好きな君に、幸せになってもらえるのなら、俺はなんだってするだろう。君の柔らかな笑顔を見れるのなら、俺はどうなったって別に構わない。そう、本当に心の底から思った。大好きな君の、笑顔が見れるのなら。

3/4/2023, 7:14:57 PM